あの時の想い出たち
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高橋達彦 … 教栄高校陸上部三年 佐藤ひろ子… 教栄高校三年 陸上部マネージャー 大塚雄司 … 星奉高校三年 達彦、ひろ子の幼馴染 山内晴樹 … 元陸上部 加藤修子 … 教栄高校陸上部マネージャー三年 高橋悦子 … 達彦の母 高橋洋美 … 達彦の妹 高橋洋一 … 達彦の父 羽村 … 陸上雑誌の記者 横関 … 陸上雑誌のカメラマン 渋谷 … 陸上部の監督 武藤誠也 … 陸上部二年 幅跳びで全国出 場予定 阿部 … 生活指導の教師 吉野 … 陸上部三年 全国出場、 四〇〇メートルハードル 田中亜美 … 二年生マネージャー 砂原 … 警察官 少年課 一、
競技場入口 【インターハイ、県予選】と書かれた立て看板が置かれている。 二、
競技場 様々な競技が行われている。 三、グラウンド 一〇〇メートル決勝のアナウンスがされている。 アナウンス「第三コース、星奉高校、大塚君 第四コース、教栄高校、高橋君」 三、
過去の回想、公園 三人の子供がいる。幼稚園時の達彦、雄司、ひろ子である。 達彦 「ようい、どん」 掛け声と共に走り出す三人。ひろ子は二人に置いて行かれる。次第に離されていく中で、ひろ子はふいに立ち止まる ひろ子 「待ってよ」 それに気づかずに走る二人。 ひろ子 「待って」 思わず泣き出すひろ子。やっと気付いた二人が走ってひろ子の元へと戻ってひろ子を囲む。 四、
競技所、スタンド 選手たちの中で達彦、雄司二人のスタートラインに並んだ姿を見下ろすひろ子。 修子 「いよいよだね」 ひろ子 「うん」 答えて一瞬眼を閉じる。 五、
回想・バスの中 渋谷 「いいか、今日からの合宿で今年の大会出場者を決めるからな」 その言葉を聞きながら窓側に座っている達彦の隣にいる晴樹が話しかける。 晴樹 「高校でも一年から活躍するために、合宿、頑張らないとな」 達彦 「そうだな、俺とお前は中学の時に全国優勝しているから、高校でもしっかりやらないとな」 後ろに座る先輩がそれを聞いて声をかける。 先輩１ 「いきなり高校で目立とうって言っても俺たちが簡単にはさせないからな」 晴樹 「大丈夫ですよ、もう少しで先輩の記録よりも飛びますから」 先輩２ 「確かに、お前先輩とは言ってもすぐに抜かれちまうかもな」 先輩１ 「うるせいな、大丈夫だよ。俺だってまだまだ伸びるんだから…」 六、
回想・道路 若い男たちが乗った車がもうスピードで走っている。 バスは見通しの悪い曲道に差し掛かる。逆斜線から突っ込んでくる若い男たちの車。 避けようとハンドルを切る運転手。 バスの側面へと車がぶつかり、バスが横転する。 救急車が来て、達彦、晴樹はほぼ意識がない状態で運ばれる。それを見ていたマネージャーのひろ子や他の部員たち。 七、 回想・新聞 見出し【合宿に向かうバスに、暴走車が激突】 それによって部員数名が重傷… 八、 競技場スタンド 祈るように胸の前で両手を握るひろ子 九、 競技場 スターター「用意」 スタートラインの前で、身構える選手たち スターターの腕が動き、撃鉄が落とされる。 走りだす選手たち中盤から抜け出す二人… タイトル 【あの時の想い出たち】のテロップが映される。 一瞬雄司が前に見えるが、後半にかけて伸びる達彦がゴールテープを切る。 一〇、 スタンド ひろ子 「やった〜」 ひろ子の声に同調するように修子も喜びを体で表現する。 一一、 競技場 勢いのまま走る達彦に雄司が走り寄る 雄司 「なんだ、やられちまったな」 達彦 「二年間の鬱憤が爆発した感じだよ」 二人は握手を交わす。 雄司 「二百でも負けるなんて、様にならねえな」 達彦 「次の関東でも両方俺が勝つからな」 再び握手に力を込める二人。 一二、 教栄高校・廊下 晴樹 「達彦」 晴樹が後ろから声をかける。振り返る達彦 達彦 「なんだ晴樹じゃないか」 軽く手を振って答える。晴樹が近づいてくる。 晴樹 「県大会、優勝したんだってな」 達彦 「ああ、次は関東で優勝して全国だよ」 晴樹 「良かったな、絶対に優勝しろよ」 達彦の肩を叩くと、去っていく晴樹。歩く足を思わず見る達彦。 一三、 陸上グラウンド 達彦 「今日、晴樹に会ったよ。次も頑張れって声をかけてくれたよ」 ひろ子 「そっか」 喜びの顔と共に、少しだけ暗い表情を見せながら二人の横にいる修子を見る。 修子 「私にはもう関係ないから」 突き放すように言う修子。 達彦 「いいのか、今のままで」 修子 「関係ないって、あの事故の後で別れたんだし…私たちは」 達彦を見ずに膨れ面で答える修子。 修子 「第一、あの後素行まで悪くなって、去年だって停学になったんでしょう。信じられないよ」 その言葉に何もいえないひろ子と達彦。 一四、 達彦・家 達彦 「ただいま」 玄関から居間へと入ってくる達彦。 悦子 「お帰りなさい」 テレビを見ていたが立ち上がって台所へと移動し、達彦の食事を準備はじめる。 洋美が風呂から出てきたのか、髪を拭きながら現れる。 洋美 「お兄ちゃん、今帰りなの」 達彦 「ああ、部活帰りだからな」 洋美 「この間県大会終わったばっかりなのに部活なんて、本当に走るの好きだね」 達彦 「まあな。二年間公式レースに出られなかったんだぜ。今年にかけているんだから休んでなんかいられないよ」 達彦は、テーブルへと移動して、食事をはじめる。 悦子 「今回インターハイで優勝したら、大学も推薦でいけるのかな」 達彦 「どうなんだろう。まあどっちにしても大学でも陸上は続けるからよろしく」 悦子 「はいはい、わかりましたよ。でも勉強も頑張ってね」 達彦 「はいよ」 達彦はご飯をかきこむ。 一五、 通学路 歩いている竜彦、その姿を見つけたひろ子が駆け寄ってくる。 ひろ子 「おはよう」 ひろ子の存在を振り返って確認して答える。 達彦 「おう、おはよう」 ひろ子 「中間テストがもうすぐだけど、達彦はちゃんと勉強しているの」 達彦 「それなりにな」 ひろ子 「昔から走ってばっかりのわりには成績が悪くないからね、達彦は」 達彦 「授業をちゃんと聞いていればそれなりの点は取れるさ」 一六、 教栄高校・正門 達彦とひろ子が並んだまま入っていく。その先を歩く晴樹の姿に達彦は目を留め近づく。 達彦 「晴樹、最近ちゃんと学校きてるじゃないか」 声をかけられ振り返る晴樹。近づいてくる達彦 晴樹 「それなりには来てんだよ。お前とはクラスも違うから会わないだけだよ」 達彦 「そっか、不良はほとんどこないのかと思っていたよ」 晴樹 「俺は不良じゃねえよ。何だよ今時不良なんて」 達彦 「でも繁華街でよく見かけるとかって噂だぜ」 晴樹 「たまに遊ぶくらいいいだろう。お前みたいに部活に勤しんでいるわけじゃないんだから」 達彦 「まあな」 少しバツが悪そうに答える。 晴樹 「テストも近いけど、次は関東だろ。頑張れよ」 達彦 「任せとけ」 晴樹は笑顔を見せると去っていった。 一七、 昼休み、教栄高校・ベランダ ひろ子と竜彦が並んで外を見ている。 ひろ子 「山内君って陸上辞めてから怖くなった感じだね」 達彦 「そんな事はないだろう。ちょっと強面だけど、悪い奴じゃないよ」 ひろ子 「でも遊び歩いているっていう話しじゃない。あまり付き合わないほうがいいんじゃない」 達彦 「一緒に遊んだりはしていないけど、友達じゃなくなることは考えられないよ」 強い口調で言う。 ひろ子 「同情しているって事」 達彦 「何に対して」 ひろ子 「あの時の事故で、竜彦も山内君も大怪我をして、山内君だけが陸上を続けられなくなったことに対して」 達彦は空を見上げる。 達彦 「同情なんてしてないよ。ただ恩はある」 ひろ子 「恩？」 不思議そうに達彦を見る。 達彦 「あの事故の時…」 一八、 回想・事故の時のバスの中 渋谷 「いいか、今日からの合宿で今年の大会出場者を決めるからな」 その言葉を聞きながら窓側に座っている達彦の隣にいる晴樹が話しかける。 晴樹 「高校でも一年から活躍するために、合宿、頑張らないとな」 達彦 「そうだな、俺とお前は中学の時に全国優勝しているから、高校でもしっかりやらないとな」 後ろに座る先輩がそれを聞いて声をかける。 先輩１ 「いきなり高校で目立とうって言っても俺たちが簡単にはさせないからな」 晴樹 「大丈夫ですよ、もう少しで先輩の記録よりも飛びますから」 先輩２ 「確かに、お前先輩とは言ってもすぐに抜かれちまうかもな」 先輩１ 「うるせいな、大丈夫だよ。俺だってまだまだ伸びるんだから…」 そんな時にブレーキ音がなり、バスが大きく揺れ動く。 生徒たちの叫び声。 運転手 「ああ」 ハンドル操作を必死にする。 大きな音が鳴り、バスが傾く。 横転しそうになっている中、晴樹の手が達彦に覆いかぶさるように窓にかかる。逆側の席に座る生徒がなだれかかってくる。 放り出される中、晴樹は窓に伸ばしていた手を使い、達彦の頭をとっさにかばった。だが落ちてきた逆側の生徒たちが、覆いかぶさるように重なってくる。 一九、 昼休み、教栄高校・ベランダ 達彦 「あの時、紛れもなく晴樹は俺を助けようとしたんだ」 強く唇を結ぶ達彦 ひろ子 「あの状況の中で…」 自らもその中に居たことを思い出すひろ子 達彦 「そうだ。あの時、俺たちの座っていた場所はちょうど電信柱のあるところだったから、そこで俺たちが重症を負った。けれども晴樹がいなかったら、俺はもっと酷い怪我を負っていたかもしれない」 ひろ子 「偶然でしょう。あんな状況で人の事を助けることができると思う」 達彦 「確かに人助けをするには難しい状況だと思う。けれどもあいつがいたから俺は助かったし、こうやって陸上を続けることができたんだ」 思わずその時に負った怪我で酷かった膝に手をあてる達彦。 達彦 「だから恩を感じているんだ。どんな状況だろうと、あいつはずっと友達さ」 何も言えずに達彦を不安気に見るひろ子。 二〇、 競技場入口 関東大会と書かれた看板 二一、 スタンド 記者なのか、数人のカメラマンたちの姿が見られる。 二二、 トラック 二〇〇メートル決勝 スタートラインに並ぶ選手たちの中に、達彦と雄司の姿がある。 二三、 スタンド 修子 「まずは二〇〇だね」 ひろ子 「…」 何も言わずにうなずき祈るように見るひろ子 二四、 トラック スターターが台に昇り、選手たちがスタートブロックに足をつける。 スターター「用意」 撃鉄が落とされる。 火薬の爆発音と共に走り出す選手たち 雄司が抜け出すが、後半に近づいて達彦が接近する。 二五、 スタンド 様々な人たちの声が聞こえる。カメラマンはシャッターを何度となく切る。 二六、 トラック 雄司がちょっとの差で走り抜ける。勢いのまま走る雄司に後方から達彦が近づく。 達彦 「やられたよ」 雄司 「このままの勢いで一〇〇も俺が勝つからな」 達彦 「そこまでは譲らないからな」 握手を交わす二人。 二七、 競技場入口 翌日。 羽村 「昨日の二人は今日の一〇〇にも出るんだよな」 手の中のパンフレットを見る横関。 横関 「そうだな、去年インターハイで三位の大塚と、三年前の全国中学優勝の高橋…見物だな」 羽村 「大塚は中学時代も全国で決勝に残っているし、高校でも実績があるからな」 横関 「一方高橋は今回まで高校の公式戦には一度も出ていないんだよな」 羽村 「高一の時に春季合宿に向かうバスで大怪我を追って今まで出てこなかったんだろう。取材はしていたが、小さな記事にしかできなかったからな」 羽村は思い出すように話す。 横関 「それでも復活して、県大会では大塚に一〇〇も二〇〇も勝っているからな」 羽村 「でも昨日の二〇〇では大塚が勝った。同じ中学出身のライバル同士、今日はどうなることやら」 話ながらスタンドへと向かっていく。 二八、 練習用トラック 渋谷がストレッチをしている達彦に近づく 渋谷 「どうだ高橋」 振り返る渋谷の姿を確認する達彦。 達彦 「昨日と同じく絶好調ですよ」 渋谷 「それならばいい勝負ができるか」 達彦 「絶対に勝ちますよ」 渋谷 「気負いすぎるなよ」 達彦 「大丈夫です。そんな事を考えているうちにあっという間に終わりますから」 渋谷 「そうだな、一〇秒ちょっとの勝負だからな」 渋谷は達彦の足をチラッと見る。達彦はそんな視線に気づかずに軽く走りだす。 二九、 スタンド 陽が高く登っている。その陽射をパンフレットで隠すようにする羽村。トラックに向けてカメラ写りを確認する横関。 横関 「もうそろそろだな」 羽村 「ああ」 羽村はスタンドに眼をやる。 羽村 「昨日と同様に大学のスカウトの姿もチラホラあるな」 横関 「関東だと高橋と大塚の一騎打ちだからな。しかも全国でも優勝候補だろうし」 トラックを改めて見る羽村と横関。 三〇、 トラック スターターが準備をする。 お互いに見ることもせずにスタートに集中する達彦と雄司。 スターター「用意」 劇鉄が落とされる。 三一、 スタンド 修子 「高橋君行け」 その横で手を握り見守るひろ子。 シャッターを切る横関。 乗り出すようにして見守る羽村。 三二、 トラック ややスタートでは有利の雄司に対して中盤で並ぶ達彦。 他の選手の追随を許さない二人。 ほぼ同着に見える中、わずかに早く達彦がゴールテープを切る。 その瞬間に手を高く上げながらウイニングランをする達彦。 三三、 スタンド ひろ子 「やった」 修子 「高橋君、関東優勝だ」 大喜びの二人。 羽村 「一〇〇は高橋か…。こりゃあインターハイが見物だな」 横関 「確かに、楽しみだ」 横関はその後もカメラを構え、シャッターを切る。 三四、 トラック 後方から追いつく雄司。 雄司 「参ったな、勝つ予定だったのに」 達彦 「こっちは二〇〇で負けたから、絶対に一〇〇は譲れないと思ってたんだ」 してやったりという表情の達彦の笑顔。 雄司 「県大会では両方負けたけど、今回は二〇〇で勝って、一〇〇では負けか」 達彦 「どちらにせよ、インターハイで決着をつけようぜ」 雄司 「そうだな」 二人は力強く拳を合わせる。 三五、 道 夜、私服で自転車を走らせるひろ子。 三六、 コンビニ 店員 「ありがとうございました」 品物を受け取って、自動ドアを出るひろ子。まっすぐに自転車へと向かい、鍵を入れる。 雄司 「ひろ子」 コンビニの近くを歩いていた雄司が声をかける。反応するように振り返るひろ 子。 三七、 道 並んで歩くひろ子と雄司 ひろ子 「関東はあんな結果になるとは思わなかったなぁ」 雄司 「一〇〇も二〇〇も達彦が勝つと思っていたのか」 ひろ子 「勝ち負けじゃなくて、高校で二人が同じレースに出るなんて思わなかったから」 雄司 「確かにな、一年の時に達彦が怪我をして、二年間も棒に振るなんて俺も考えていなかったからな」 少し暗い表情になるひろ子。 ひろ子 「でも、その間に雄司が全国の決勝に残るなんて思わなかったけれど」 雄司 「何だよ、俺だって中学から全国に出ているんだぜ。ちょっとは当たり前に思えよ」 ひろ子 「そうだね」 笑顔を見せるひろ子。 三八、 回想、中学時代・教室 放課後なのか、誰も居ない教室の中に雄司とひろ子が向き合っている。 雄司 「ひろ子、もしも俺が全国で優勝したら、俺と付き合ってくれ」 困惑するひろ子。 雄司 「なあ、今すぐに返事が欲しいとかじゃないんだ。明日から始まる全国大会の間に決めてくれればいいんだ」 ひろ子 「でも」 雄司 「幼馴染だからか…」 顔を背けるひろ子。 雄司 「それとも他に好きな人がいるのか…」 ひろ子 「…」 雄司 「全国で勝って、堂々とお前と付き合いたいんだよ」 ひろ子 「…」 じっとひろ子を見つめる雄司。 雄司 「まあいいや、俺の気持ちは伝えたから…。全国で絶対に勝つから、見ていてくれ」 雄司は鞄を持って教室を去っていく。 ひろ子は思わず教室の壁に貼られた生徒たちの個人目標を見る。 雄司と達彦の目標が目に入る。二人とも共に【全国優勝】と書かれている。 深いため息をつくひろ子 三九、 道 雄司 「もしも、インターハイで達彦に勝つことがあったら、考えてくれるか」 きょとんとした顔で雄司を見るひろ子 ひろ子 「何を」 雄司 「もう三年も前の話しか…」 過去を思い出し恥ずかしそうに眼を逸らすひろ子。 雄司 「はは、今更そんな事言わねぇよ。 でも今度こそは俺が優勝するからな」 自信満々に言う。 ひろ子 「陸上部のマネージャーとしては、達彦に勝ってもいらいたいけど、個人的にはどっちでもいいのかな」 驚くようにひろ子を見る雄司。 雄司 「どっちでもいいって、どういう事だよ」 ひろ子 「幼馴染の二人が、インターハイに出るんだよ。それに優勝候補として注目されているんだから…。驚いちゃうよね。私たちはあんなに小さかったのに、いつの間にかこんなに大きくなって、二人は私が知らない世界に行っているんだから」 雄司 「知らない世界って」 ひろ子 「だって一〇〇メートルを一〇秒で走るんだよ。普通の人間には味わえない領域にいるんだから」 雄司 「味わえない領域か…」 ひろ子 「そう、だから二人には勝ち負けだけじゃなく、そこに立つってだけで私には羨ましいんだ」 四〇、 回想・幼き頃 ひろ子 「まってよ」 二人においていかれるひろ子。その声に気付かずに走っていく達彦と雄司 四一、 道 雄司 「でも絶対に俺が勝つ。やっぱり勝敗にはこだわるよ」 ひろ子 「そうだね。やっぱりそれは譲れないよね」 雄司 「ああ、だから俺が勝ったらひろ子は達彦に告白しろよ」 驚くような表情で雄司を見るひろ子 ひろ子 「なっ、何でそんな事を雄司に言われなきゃいけないの」 そして眼を逸らす。 雄司 「中学の頃からお前が達彦の事を好きなのは知っているよ。でも未だに言えてないんだろう」 ひろ子 「大きなお世話だよ」 雄司 「言えよちゃんと…そのためにも俺は勝つからな」 ひろ子 「そんな事を勝負に持ち込まないで」 起こり気味に言うひろ子。 四二、 教栄学校・廊下 廊下を歩くひろ子と修子 修子 「へえ、そんな事言われたんだ」 ひろ子 「 急にだよ、いきなり達彦に告白しろなんて」 修子 「まあ、それは私も思っていることだけどね」 ひろ子 「何言ってるの」 恥ずかしそうに答えるひろ子 修子 「だった本当は一年のインターハイに高橋君が出場したら告白しようかなって、言ってなかったっけ」 ひろ子 「言ったかもしれないけど、あの時状況が変わったんだから」 修子 「あの合宿に向かうバスの事故…」 思い出すように深刻に言葉を発する。 ひろ子 「本当ならば、あそこで告白しようかと思ったよ。でも怪我をして走れない達彦のリハビリに励む姿を見ていたら、今はこっちに気を使わせるべきじゃないって」 修子 「本当に気をつかっているのか、ただの臆病者なのかわからないよね、ひろ子は…」 笑いながら言う修子。 ひろ子 「今だってインターハイの前だから、陸上に集中させてあげたいし…」 修子 「考えすぎなんだよ。付き合ったらもっと張り合いが出るかもしれないじゃん」 ひろ子 「そんな…」 考える仕草をする。 修子 「まあ、そういうところがひろ子のかわいい所でもあるんだけどね」 笑いながら言う修子。少し不貞腐れるように見るひろ子。 四三、 朝、自宅前の道 洋一と達彦が並んで家を出て歩きながら話す。 洋一 「達彦、インターハイに出る前に欲しい物とかあるのか」 達彦 「練習用のシューズが欲しいけどな」 洋一 「じゃあそれくらい出してやろうか」 達彦 「それなりの金額はするからいいよ」 洋一 「大丈夫、そのくらいの金はある」 財布を出し、万札を二枚出す。 達彦 「いいのかよ、小遣いだって多くはないんだろう」 洋一 「心配するな、父さんだって蓄えくらいはある」 達彦 「本当かよ。まあくれるなら貰っておくけどな」 万札を受け取る達彦。 洋一 「そのかわり、ちゃんと勉強もしろよ」 達彦 「任せとけ」 調子よく合わせる。 四四、 通学路 達彦が前を歩くひろ子を見つけ、小走りで近づく。 達彦 「おはよう」 振り返り達彦を確認するひろ子 ひろ子 「おはよう」 達彦 「今日、おやじから小遣いもらっちゃったよ。日曜に練習が終わったらシューズを買いに行こうと思ってな」 ひろ子 「そうなんだ、一緒に行こうか」 達彦 「いいよ、買物くらい自分でできるから」 少し拗ねる表情を見せるひろ子。 達彦 「昔は雄司やひろ子と行くこともあったけど、じっくり選ぶとなると一人の方がいいんだよ」 ひろ子 「そんなものなの」 達彦 「ああ、待たせていると思うとな」 ひろ子 「（小さく聞こえないような声で）鈍感だな、好きな人とだったら待つのだって平気なのに…」 達彦 「何か言ったか」 ひろ子 「えっ、何でもない」 四五、 練習グラウンド・日曜日夕方 多くの選手たちが練習している中、達彦もグラウンドを走っている。 渋谷 「よし、今日はこれで終わるぞ」 拡声器でみんなに聞こえるように言う。 みんなが監督の前へと集まってくる。 達彦 「練習終わります。ありがとうございました」 部員全員「ありがとうございました」 四六、 教栄高校・部室 早々と着替えを済ませ、部室を後にしようとする達彦。 部員 「あれ、高橋先輩、今日は早いですね」 達彦 「今日は練習用のシューズを買いに行くんだ。おつかれ」 うきうきした表情を見せて出て行く。 四七、 スポーツ洋品店 熱心にシューズを見る達彦。 達彦 「すみません」 店員を呼ぶ達彦。 店員 「はーい」 答えながら近づいてくる。 達彦 「このシューズが欲しいのですが、サイズありますかね」 店員 「サイズは」 達彦 「２８センチです」 店員 「在庫を見てきます」 倉庫へと歩く店員。 店員 「どうですか」 シューズを履いて歩く達彦へ尋ねる。 達彦 「いい感じです。じゃあこれをもらえますか」 店員 「ありがとうございます」 レジで靴を袋に入れる店員。そして達彦を見る。 店員 「もしかしたら教栄高校の高橋君だよね」 達彦 「はいそうですけど」 急に名前を呼ばれてビックリする達彦。店員レジ裏に置いてある陸上雑誌を持ち上げる。 店員 「この雑誌見たよ。インターハイで期待されているんだってね」 達彦 「期待っていうか、まあ、取り上げてもらいましたけれど…」 店員 「スゴイね。良かったらここにサインしてもらえないかな」 達彦が写っているページを開いた雑誌を差し出す。 達彦 「サインなんてないですよ」 店員 「名前を書いてくれるだけでいいんだよ」 懇願する店員。 達彦 「わかりました」 恐縮するように店員からペンを取る達彦。教栄高校三年・高橋達彦と書く。 店員 「ありがとう。インターハイ頑張ってね」 達彦 「ありがとうございます」 頭を下げる達彦。 四八、 商店街の道 大きな声が聞こえてくる。 喧嘩相手１「ふざけんなよてめぇ」 声が聞こえてくる方向を見る達彦。そこには多少の人だかりができている。凝らして見る達彦。 人だかりの中で喧嘩をする四人の男の姿が見える。その中に晴樹の姿がある。 走り寄る達彦。 一人の男に抑えられ殴られる晴樹。その手を振り払い、殴りかかる。三対一の不利な状況の中、殴られ倒れる晴樹。思わず間に割って入る達彦。 晴樹 「達彦、何やってんだよ」 達彦 「原因は何かわかりませんが、もうやめてください」 喧嘩相手２「うるせいな。部外者は引っ込んでろよ」 達彦 「相手もこうやって倒れているところですし、もういいじゃないですか」 喧嘩相手１「こっちもやれらたんだよ。まだ足りないんだ、どいてろ」 その言葉に唾を飲み喉を鳴らす達彦。しかし逃げずに留まる。晴樹が立ち上がり達彦をどかして相手に殴りかかろうとする。その姿を達彦が抑えようとする。後方で見かねていた喧嘩相手３が二人に体当たりをする。倒れこむ二人。 晴樹はすぐに立ち上がり、喧嘩相手３に殴りかかる。 その時、人だかりの後方がガヤガヤとなる。 警察官が三人、人の間を通りぬけてくる。 警察 「何をやっているんだ」 すぐさま逃げる喧嘩相手２と３。１は警察に捕まる。逃る素振りをしない晴樹の元へ警察がくる。 警察 「君たちもだ」 晴樹と共に達彦も捕まえる警察。 晴樹 「そいつは関係ないって」 警察 「署に行ってから詳しい話はきくから」 達彦 「大丈夫、ちゃんと話せば分かってくれるよ」 冷静に警察の従う達彦。 晴樹 「署になんて行く必要なんてねぇよ。こいつは喧嘩を止めようとしてくれたんだから」 警察は晴樹の言葉を信じずに、そのまま達彦も連れていく。 四九、 警察署 砂原 「間違えて済まなかったね」 取り調べ室から出てくる達彦。頭を下げる警察官。 達彦 「とんでもないです。でも晴樹はどうなるのですか」 砂原 「まあ高校生だし、相手が酔って喧嘩を売ったみたいだからね。だが暴力はいけない。保護者を呼んだから、迎えにくるまでの間署に居てもらうことになるよ」 達彦 「そうですか、でもそれで済むならいいのかな」 砂原 「大丈夫、気をつけて帰ってね」 達彦 「はい、あいつの事、よろしくお願いします」 歩いて出口に向かう達彦。 五〇、 自宅・達彦の部屋 買ってきたシューズの紐を結び、嬉しそうに見る達彦。 洋美 「お兄ちゃん、入っていい」 達彦 「ああ」 ドアを開けて入室してくる洋美。靴を見て 洋美 「新しい靴買ったんだ」 達彦 「いいだろう」 自慢気に靴を目線に上げて見る達彦。 洋美 「別に、私は運動靴に興味ないから…。それよりも、雄司君もインターハイに出るんでしょう。久しぶりに二人で走る全国って、どんな感じなの」 達彦 「どんなって…。まぁ高校での実績じゃ雄司が上を行っているからな。ここで勝ってひっくり返したい気持ちでいっぱいだよ」 眼に力が入る達彦。 洋美 「何だか中学の全国大会を見に行った時の事を思い出しちゃうな」 達彦 「何でお前が感傷的になっているんだよ」 洋美 「だってあの時の雄司君、負けちゃってかわいそうだったもん」 達彦 「お前は俺の応援じゃないのかよ」 洋美 「いいじゃん、でもお兄ちゃんは高校初のインターハイだから、今年は応援するけどね」 達彦 「大丈夫、関東では二〇〇で負けたけど、インターハイでは両方俺が勝ってやるよ」 力強く言う達彦。 五一、 職員室 教員 「山内、今回は停学だけど、次は退学だからな」 晴樹 「向こうから喧嘩を売ってきたのに、何で俺が停学なんだよ」 教員 「お前は前科があるからな。それに高橋も一緒だったって言うんだからな。あいつはインターハイを控えているんだから、お前が一緒にいるなんて気をつけろよ」 晴樹 「あいつは関係ないって、たまたま通りかかっただけなんだから」 教員 「一緒に警察に連れて行かれたんだろう」 晴樹 「でも止めに入っただけだって、警察でもそれはわかってもらえたんだから」 教員 「今回はそうだったとしても、なるべくお前のような不良とつるまないように気をつけてもらわないと」 晴樹 「わかってますよ。俺だってあいつの夢を壊す気なんてねぇよ」 申し訳なさそうに言う。 五二、 廊下 達彦 「晴樹」 職員室から出てきた晴樹を見つけて声をかける。晴樹は声の方を見る。 晴樹 「達彦…悪かったな俺のせいで」 達彦 「売られた喧嘩だったんだろう。運が悪かっただけだよ。 そのことで職員室に呼ばれたのか」 晴樹 「ああ、停学だってよ。まったくだよ」 達彦 「警察にしょっ引かれたのが悪かったな」 晴樹 「ああ、次回は退学だってよ」 達彦 「そうなのかよ、気をつけろよ」 晴樹 「まあ、退学とかはあまり気にはしてないけど」 達彦 「莫迦言うなよ。一緒に入学したんだ。卒業だって一緒だろう」 晴樹 「入学したときは一緒でも、道が随分と違っちまったからな達彦とは」 後ろめたい表情を見せる達彦。 晴樹 「でもお前のせいじゃないから安心しろよ。陸上をできなくなったのはお前のせいでもないし、自分で落ちぶれていっただけだからよ」 達彦 「気にするに決まっているだろう。あの時、晴樹が俺をかばわなければ陸上を続けられたかもしれないのに…」 晴樹 「あの状況で人の事まで考えられる訳がないだろう」 達彦 「でも」 晴樹 「でもも何もないよ。とりあえず俺はこれから停学なんだから、忙しいんだよ」 達彦 「とりあえず、俺はお前と一緒に卒業するつもりだからな」 背を向けて歩き出す晴樹の背中に声をかける。振り返らずに頭上で手を振りながら歩いていく晴樹。 五三、 陸上部・部室 男子ロッカーから着替えを済ませて出てくる達彦。 修子 「高橋君、晴樹と一緒で大変な目にあったんだって」 怒るような口調で言う。 達彦 「大変ってほどでもないよ。晴樹が絡まれているところを止めただけだから、警察に行ってもすぐに無罪放免だし」 修子 「でも警察に行く羽目になったんでしょう」 達彦 「まあな。でも晴樹も喧嘩を売られただけだったんだし…それで停学は厳しいよな」 修子 「元々悪い事でもしていたんでしょう。売られたって喧嘩しなければいいだけなのに」 達彦 「そんなに簡単に治まらないんだろう」 修子 「まあ晴樹なんかに付き合わないほうがいいよ」 怒りながら部室を出て行く修子。思わずため息をつく達彦。 五四、 グラウンド グラウンドへと入ってくる達彦。身体をほぐすようにしている誠也。 誠也 「あれ、高橋先輩オニューですか」 達彦の靴を見て言う。 達彦 「ああ、インターハイに向けて新調したんだ」 誠也 「いいですね。ますます気合が入っていますね」 達彦 「高校生活初インターハイだからな。気合は入っているよ」 聖也 「俺も初めてインターハイに出ますけど、今から楽しみですよ」 達彦 「聖也は二年で出場だからな。羨ましいよ」 聖也 「本当なら高橋先輩は一年から出る可能性があったんですよね」 達彦 「飽くまでも可能性だからな。でもいいんだ、今回しっかり優勝してやるから」 聖也 「俺も上位に食い込めるように頑張りますよ」 達彦 「上位を狙っているようじゃ駄目だな。やっぱり優勝を狙わなきゃ」 聖也 「身の丈は知っているつもりですよ。でも来年は優勝を狙えるようにしますよ」 達彦 「いや、やっぱり今から優勝を狙っていかなきゃな。自分で壁を作ったら上には行けないよ」 聖也 「そんな簡単じゃないですよ。でも肝に銘じておきます」 五五、 雑誌社 月間陸上とかかれた部屋の中へと入ってくる羽村。パソコンに向かっていた横関が羽村の存在に気がつく。 横関 「羽村、大変だぞ」 羽村 「何か特ダネでもあったのか」 横関へと近寄る羽村。パソコンの画面を覗き見る。 羽村 「これって…」 横関 「もしかするとインターハイ、大変な事になるぞ」 五六、 学校・校長室 電話に出ている校長。 校長 「そうですか、事実関係を確認してみます」 それだけを言うと受話器を置く校長。 五七、 職員室 校長が入ってくる。そして職員室内を見渡す。 校長 「渋谷先生、ちょっといいですか」 渋谷 「はい」 椅子から立ち上がる渋谷。 五八、 校長室 立ったまま背を向けて話をはじめる校長 校長 「渋谷先生、陸上部の高橋君の事なんだが…」 渋谷 「高橋ですか、今年は念願のインターハイ出場を決めていますからね。期待できますよ」 自慢気に言う渋谷。その渋谷に振り向き、暗い顔を見せる校長。 渋谷 「何かありましたか…」 ため息をつく校長 校長 「今、県の教育委員会から連絡がありまして…」 渋谷 「教育委員会からですか」 校長 「インターネットに高橋君が載っているようなのですが…」 渋谷 「インターネットですか、それが何か…」 五九、 昼、テレビ・ワイドショー キャスターのそばに置かれたモニターに先日の喧嘩の写真が載っている。晴樹と達彦が相手とぶつかる瞬間の写真と、達彦が倒れた晴樹と相手の間に入っている写真の二枚が写されている。 司会 「これは先日インターネットに掲載された記事ですが、ここに写っている学生、インターハイの短距離で期待されている教栄高校三年、高橋達彦選手が喧嘩をしているという物のようです」 キャスター「高橋選手は中学時代、全国大会で優勝をして期待されていた選手ですが、高校に入り一、二年は怪我で出場できず、公式戦に出場するのは三年生になってはじめてですが、今回インターハイ出場を決めております」 司会 「その選手が街中で喧嘩をしていたという話ですが、どうですか高野さん」 高野と呼ばれてたコメンテーターに画面が切り替わる。 高野 「これが本当であれば折角決めたインターハイ出場が取り消しになる可能性もありますね」 六〇、 教室 修子が教室内を覗きこむ。ひろ子を見つけて走り寄る。 修子 「ひろ子、大変」 ひろ子 「何が」 修子がスマートフォンの画面を見せる。そこには【高橋達彦、街中で喧嘩か】と書かれている。 ひろ子 「これって」 修子 「この間晴樹の喧嘩を止めたって言っていた」 ひろ子 「でも止めただけでしょう」 修子 「テレビでもやっていたみたいで、ネットで批判が殺到しているみたい」 ひろ子 「…」 立ち上がって教室を出て行く。追いかける修子。 六一、 職員室 走りこんでくるひろ子と修子。 ひろ子 「渋谷先生はいませんか」 近くにいる教師に話しかける。 教師 「渋谷先生ならさっき校長先生に呼ばれていたけど…」 不安そうな顔を見合わせる二人。 六二、 校内放送 放送 「陸上部三年の高橋達彦君、校長室に来てください。 繰り返します、陸上部三年の高橋達彦君、校長室に来てください」 生徒 「校長室って、達彦の奴、何かやったのか」 他の教室、スピーカーの方を見る聖也。 六三、 校長室 達彦 「失礼します」 達彦が入ってくる。校長室には校長と渋谷、生活指導の阿部がいる。座っている校長の前に達彦が歩み寄る。 校長 「先ほど教育委員会から連絡がありました」 達彦 「教育委員会が何か」 校長 「インターネットにあなたが喧嘩をしていたという記事が載っているのは知っていますか」 達彦 「いえ」 首を横に振って答える達彦 阿部 「この間、山内が喧嘩をしただろう。その時の物が写真つきでインターネットに書かれていた」 阿部が印刷したＡ４の用紙を達彦に見せる。 達彦 「これが何か」 阿部 「お前も一緒に喧嘩をしていたと書かれているんだ」 達彦 「そんな、俺は止めに入っただけで」 阿部 「この間、停学を言い渡した時にお前が止めに入ったという話は山内から聞いている。しかしお前も喧嘩をしていたとこの記事には書かれている」 達彦 「だって、警察でもちゃんとその話をしていたんですよ」 阿部 「それはわかっている。けれどもテレビでもこれが報道されたんだ。それで教育委員会から再度連絡があって」 暗い表情で下を向く達彦 校長 「高橋君は止めただけなんだよね」 達彦 「はい」 強い口調で言う。 校長 「一応教育委員会にはそういう説明をしておきます。ただネットでは批判が殺到しているというらしいので」 達彦 「それでどうなるのですか」 校長 「取りあえず止めに入ったという事で、教育委員会には理解してもらいますが、ネットの記事が大きくなる場合には」 達彦 「場合にはって…」 渋谷 「まだ決定ではない。俺達も全力で否定して行こうと思っている」 達彦の肩に手を置く渋谷。悔しそうに拳を握りしめ、下を向く達彦。 六四、 教室 厳しい顔で教室に入ってくる達彦。自分の机につく。近寄るひろ子と修子。 ひろ子 「達彦、校長室に呼ばれたみたいだったけど」 達彦 「ああ」 ひろ子 「もしかしたらこの画像の件なの」 スマートフォンを達彦に見せる。達彦は歯がゆい気持ちで画像を見る。 達彦 「…」 ひろ子 「これが理由なの、校長室に呼ばれたのって」 達彦 「いいから黙っておけよ」 ひろ子 「だって」 勢いよく立ち上がる達彦 達彦 「いいから放おっておいてくれよ」 教室にいる生徒たちの視線が集まる。 口を噛み締め、教室を出て行く達彦。 ひろ子は何も言えずに、達彦の背を追った。 六五、 ゲームセンター ゲームに夢中になる晴樹。その後方から修子が近づく。 修子 「やっぱり停学中なのに、こんな場所にいたのね」 画面からチラッと視線を外し、修子を確認する晴樹。 晴樹 「何だよ、説教なら後にしてくれよ」 修子 「説教ならマシよ」 晴樹 「じゃあ何なんだよ」 修子 「もしかしたら高橋君がインターハイ出場できないっていう話」 勢いよく立ち上がり、修子に向き合う晴樹 晴樹 「何でだよ。何で達彦が出場できなくなるんだよ」 晴樹に背を向けて歩き出す修子。 晴樹 「おい、修子」 追いかける晴樹。 六六、 路上 修子と晴樹が向き合っている。 晴樹 「なあ、修子。何で達彦がインターハイに出場できないなんて」 修子 「まだわかってないわよ。渋谷先生に聞いた話だと、この間、晴樹が喧嘩していた時に止めに入ったっていう」 晴樹 「あれなら達彦は止めに入っただけっていう話をしたろう。だから俺が停学になっただけで治まっただろうが」 修子はスマートフォンを出し、喧嘩の画像を晴樹に見せる。 晴樹 「これって」 修子 「どういう経緯かわからないけど、一緒に達彦も喧嘩をしていた事になっているの。ワイドショーでも取り上げられたみたいだから、大事になっちゃったみたい」 晴樹 「でも、警察に聞けばわかるだろう。あいつは止めに入っただけだって」 修子 「ネットの書き込みを見てよ」 修子はスマートフォンを晴樹から取り上げ、操作をしてから再び晴樹に見せる。 【インターハイ出場取り消しだな】 【全中優勝後、今年まで公式戦に出場していなかったのは、不良になっていたからか】 【才能があってもこれじゃあ出さない方がいいだろう】 などの書き込みが多数書かれている。 晴樹 「こんなことって…」 修子 「あんたが達彦を巻き込んだから」 晴樹 「あいつはたまたま通りかかっただけなのに」 修子 「晴樹が絡まれるような事しているからでしょう。私と同じであの事故で走れなくなっても、不良になんかならなければ、こんな事にはならなかったんだからね」 晴樹は下を向き、何も言い返せない。 修子 「達彦は、あの事故の時に晴樹がかばってくれた。その恩があるって言っていたでしょう。その達彦を巻き込んで」 晴樹はしばらく考えて走り出す。 修子 「晴樹、どこに行くの」 晴樹を追う修子。 六七、 警察署・入り口 走りこんでくる晴樹。それを追って警察署に入る修子 六八、 警察署・刑事科 走りこんであたりを見渡す晴樹。先日の警察官を見つけて近づく。 砂原 「どうしたんだ」 晴樹 「この間の喧嘩の事で、止めに入ってくれた友達が大変な事になっているんだ」 砂原 「友達が…」 画像を見た後 砂原 「そういう事か」 晴樹 「警察のほうで、止めに入っただけだって、コメントか何かしてしてもらないのか」 砂原 「私たちはこういう所には出られない」 晴樹 「どうしてだよ。これで達彦…友達がインターハイに出られない可能性があるんだよ」 砂原 「兎に角、私たちがこういう場所に書き込むことはできない。テレビのインタビューとかに答えることはできても、ネットの書き込みに反応ことは無理だ」 修子 「晴樹、落ち着きなさいよ。警察の人たちだってできない事があるんだから」 晴樹 「じゃあこの嘘を書いている奴らを逮捕したりできないのか」 砂原 「確かにそれはできない事はないが、友達本人が被害届を出さないとな」 晴樹 「俺が写っているんだから、俺が言っても駄目なのか」 砂原 「そうだな。誹謗中傷を受けているのはその友達だから、君じゃあ無理だろうな」 晴樹 「じゃあ俺ができる事は」 砂原 「ないな。それに無理に書き込みを抑えようとしてコメントなどをすることもおすすめはしない。逆に火に油を注ぎかねない」 沈黙する晴樹。 修子 「私たちは見ていることしかできないという事ですか」 砂原 「そうだな。後被害届を友達が出したとしても、すぐに解決することはできないし、報道がどのように伝えるかもわからないからね」 修子も下を向いてしまう。 六九、 達彦・自宅・居間 達彦 「ただいま」 挨拶をしながら入ってくる。 悦子 「お帰りなさい。お腹空いている」 達彦 「ああ、今日の飯は何」 悦子 「カレーだよ」 準備をしながら答える。 達彦 「お袋のカレーか、何だか久しぶりだな」 悦子 「そうだっけ」 ダイニングテーブルへと準備したカレーを置く。 達彦は立ち上がり椅子へと座ろうとする。 悦子 「ちょっと、手は洗ったの」 達彦 「あっ、まだだ」 手を見てから洗面所へと向かう。 帰ってきた達彦は椅子へと座り、カレーを頬張る。 二階の部屋から洋美が現れる。 洋美 「お兄ちゃん、お帰り」 達彦 「おう、ただいま」 軽く視線だけを送り、カレーを一気に食べる。 達彦 「お袋、おかわり」 悦子 「はいはい」 机の上に置かれた皿を持つ。 洋美 「お兄ちゃん、まだ食べるの」 達彦 「ああ、今日は腹が減っているんだ」 手元に出された皿を取り、再び頬張る。 七〇、 洋美の部屋 居間から戻ってきた洋美が入ってくる。スマートフォンを手元に出し、喧嘩をしていたという画像を見る。 洋美 「お兄ちゃんが喧嘩なんかするはずないじゃん」 何となく自らを納得させるように言う。そしてベッドの上に腰をかける。 洋美 「お母さんはお兄ちゃんには内緒って言っていたけど、お兄ちゃんはこの事知っているのかな」 心配そうな表情を見せる。 七一、 風呂 湯船につかる達彦が、湯を掴み顔へとかける。何ともいえない表情を見せる。 七二、 達彦・自宅前 達彦 「いってきます」 玄関を出てくる達彦。そこを見計らって雄司が姿を見せる。 雄司 「達彦、おはよう」 達彦 「どうしたんだよ」 驚くような顔で言う達彦。 七三、 道 二人が並んで歩いている。 雄司 「達彦、あのネットの画像って本当なのか」 一瞬下を向くが、すぐに正面を向き直り、笑顔を見せる達彦。 達彦 「画像はそうだけど、俺は喧嘩を止めに入っただけだぜ」 雄司 「そうか、でもネットじゃあ炎上しているみたいだったから」 達彦 「大丈夫だろう」 雄司 「お前が大丈夫っていうならいいけど、出場停止とかはやめてくれよな」 達彦 「大丈夫だよ。ちゃんとインターハイには出場して、絶対に雄司に勝つから」 雄司 「ならいいんだけどな」 そのまま歩く二人。 雄司 「そういえば、高校に入る時に、インターハイに出場したらひろ子に告白するって言っていたろう。あれはどうなったんだ」 照れる達彦。 達彦 「まあ、今まで一度も出場してないからな。今回、優勝して告白するよ」 雄司 「ならいいけどな。お前たち二人は煮え切らないんだよ」 達彦 「別にお前に関係ないだろう」 雄司 「莫迦言え、俺は中学の時にひろ子に告白して振られてるんだよ」 驚くような表情で雄司を見る達彦 達彦 「お前、ひろ子の事好きだったのか」 雄司 「達彦はそういうの気がつかないよな。恋愛ベタだからな」 達彦 「お前だってそうじゃないのか」 雄司 「そんな事はねえよ。彼女にインターハイで勝つって約束してるからな」 達彦 「お前、彼女いるのか」 雄司 「俺くらい有名選手だとモテるんだよ」 達彦 「兎に角、全国じゃあ俺が勝つからな」 雄司 「何言ってんだよ、優勝は俺だからな」 二人は顔を見合わせて笑う。 七四、 高校・グラウンド 黙々と練習をする達彦たちの姿 その間に、ネットでの炎上などの記事が飛び交っているシーンを写す。 七五、 校長室 校長 「そういう事なので、渋谷先生、くれぐれもお願いします」 校長の言葉に苦悶の表情を浮かべる渋谷 渋谷 「…」 阿部 「気持ちはわかりますが、お願いしますよ、渋谷先生」 渋谷 「はい」 渋々答える。 七六、 教室 誰もいない教室の中へと入る渋谷と達彦 達彦 「先生…何ですか」 達彦に向き直る渋谷。そして頭を下げる。 渋谷 「済まない、高橋」 達彦 「先生、何ですか急に頭なんか下げて」 頭を上げ、達彦を見るが、再び眼をそらす渋谷 渋谷 「インターネットの炎上が収まらないんんだ。それによって教育委員会から校長がせっつかれて」 口を強く結ぶ達彦 渋谷 「事実はお前が言っているように喧嘩を止めに入っただけなのだろうが、出場を辞退してくれと言われているんだ」 達彦 「何であんなネットごときに出場停止をさせられなきゃならないんですか」 語気が強くなる達彦 渋谷 「俺もそうは言ったんだが、このままだとインターハイでは色々な吹聴と記者たちが押しかけてきて収まりがつかなくなる。他の生徒たちにも迷惑がかかるから辞退してほしいと…」 悔しそうに言う渋谷。 達彦 「インターハイまでに収まることはないという事ですか」 渋谷 「そう思われているんだ。俺も何とかしてやりたいが、どうしようもなくてな」 下を向く達彦 渋谷 「俺からもう一度校長には話をしようと思っている。教育委員会にも話をしに行くつもりだ」 達彦 「でも、それでどうにもならなかったら、俺はインターハイに出場できないという事ですか」 渋谷が黙って頷く。 七七、 校長室 校長 「わかってください渋谷先生。このままだとわが校の評判も悪くなってしまいます。高橋君には申し訳ないのですが…」 渋谷 「一人の生徒の未来も守れないで、学校の評判も何もないと思うのですが…できるならば私が明日教育委員会に出向いても良いと思っています」 校長 「学校は多くの生徒を抱えているのですよ、一人の生徒のためだけには動けない。ましてや教育委員会はもっと多くの学校を抱えています。どうか従ってもらいたい」 校長は立ち上がり渋谷に頭を下げた。 七八、 グラウンド 昼休みに達彦が渋谷と向き合っている。 頭を下げる渋谷 渋谷 「すまない。力になれなくて」 達彦 「そうですか、それならば仕方がないですね」 諦め顔の達彦。 渋谷 「本当に申し訳ない」 達彦 「いや、先生は俺のために動いてくれたんですものね。しょうがないです。全国は大学に行ってからにします」 渋谷に背を向けて歩き出す達彦。その背中を見守る渋谷 七九、 部活 みんなが渋谷の前に集まっている。その中に達彦の姿はいない。 渋谷 「今日は残念な知らせがある。高橋が全国大会に出場できなくなった。それなのでわが校からインターハイには武藤と吉野だけが出場することになった」 みんながざわつく。 修子 「ひろ子」 何も答えないひろ子 武藤 「先生、何で高橋先輩が出場できないんですか」 渋谷 「先日のインターネットの事はみんな周知しているだろうが、あの記事によって教育委員会から出場を辞退して欲しいと連絡があった」 吉野 「でもあれは達彦が止めただけだっていう話じゃないですか」 渋谷 「そうなんだが、高橋が出場することによって、会場にマスコミなども多くくることが予想され、他の選手たちの事を考えて辞退して欲しいという事になったんだ」 武藤 「それを飲んだって事ですか」 渋谷 「俺も校長たちに掛け合ったんだが…」 みんなが落胆の表情を浮かべ、静まり返る。 八〇、 自宅 達彦 「ただいま」 悦子 「えっ、今日は早いじゃない」 驚くように出迎える悦子。 達彦 「今日は練習をさぼっちゃったんだ」 悦子 「どうしたの体調でも悪いの」 鞄を放るようにしてソファに座る達彦 達彦 「インターネットで俺が喧嘩をしたって記事になっているらしく、それが元でインターハイ出場を辞退してくれだって」 悔しそうに下を向く達彦 悦子 「そんな事で出場辞退って」 達彦 「仕方がないんだ。それで今日は練習をする気にならなくて…」 一瞬考えるような仕草を見せてから達彦は立ち上がり、鞄を持つ 達彦 「今日は飯いらないから、ちょっと部屋で考えさせてくれ」 自分の部屋へと向かう達彦 悦子 「わかった、食事は作っておくから、食べたくなったらいつでも言うんだよ」 達彦 「ありがとう」 背を向けたまま答える達彦 八一、 自宅・リビング 居間の椅子に座っている洋一。茶碗によそったご飯を持ってくる悦子 洋一 「それでインターハイに出場できないのか」 悦子 「そうなの、何とかしてあげられないのかなぁ」 正面の椅子に座りながら答える悦子 洋一 「俺たちの力では何ともできないだろうな」 無念そうな表情で答える。 悦子 「折角怪我が治って、初めてインターハイにいけることになったのに」 洋一 「悔しいよな、でも一番悔しいのは達彦だろうな」 二階を見上げる洋一。 八二、 路上 待ち合わせをしていたのか、路上で向き合っている二人 晴樹 「やっぱり達彦は出場できないのか」 修子 「渋谷先生も何度も校長に掛け合ってくれたみたいだけど、駄目だったみたい」 拳を振り下ろす晴樹 晴樹 「何であんなにいい奴が出場できないんだよ」 見守ることしかできない修子 晴樹 「やっぱり俺が教育委員会に掛け合ってくる」 修子 「やめておきなよ。どうせ無駄だから…あなたは達彦に謝ることしかできないよ」 晴樹 「ああ、それはわかっている」 納得のできない表情を見せる晴樹 修子 「高橋君にとって高校の陸上って何だったのかな」 晴樹 「…」 八三、 翌朝・達彦の自宅前 達彦 「いってきます」 玄関を出る達彦。門の前で立ち尽くす晴樹 達彦 「朝から何やってるんだよ」 存在に気がつき笑顔で声をかける達彦。頭を下げる晴樹 晴樹 「すまない、俺のせいで…インターハイに出場できなくなったって聞いて」 一瞬顔を曇らせる達彦 達彦 「お前のせいじゃないよ」 晴樹 「でも」 顔をあげる晴樹 達彦 「お前は売られた喧嘩を買った。それを俺が止めに入った。ただそれだけだろう。 本当の理由は、それを喧嘩だとネットに挙げた奴と、事実を知らないで煽った奴らだ」 晴樹の横を通り抜けようとする達彦。すぐに正面に走り、立ちはだかる晴樹 晴樹 「でもその発端を作ったのは俺だ。お前の最後の夏を無くしちまったのは…」 達彦 「お前じゃないよ。第一お前がいなかったら、俺は陸上ができなくなっていたかもしれないんだ」 晴樹 「でも、このままじゃ俺は納得できない」 達彦 「仕方がないんだ。現実は受け入れるしかない」 晴樹 「でも」 達彦 「お前がもしも悪いと思っているなら、何も言わずに納得してくれ。それしか方法はない」 茫然とする晴樹の横を通り抜けていく達彦。 その背を見送る晴樹 八四、 学校 国語の授業中 先生 「じゃあ次、高橋読んで」 ボーっとして窓の外を見ている達彦は返事をしない 先生 「どうした高橋がボーとしているなんて珍しいじゃないか」 気付いて先生を見て立ち上がる達彦 達彦 「すみません」 先生 「まあいいか、じゃあ真野読んで」 力が抜けたように椅子に座り直す達彦 八五、 部室 ひろ子 「あんなにボーっとしている達彦なんて見たことなかったよ」 修子 「リハビリの時だって、絶対に走れるって頑張っていたのにね」 沈む顔をするひろ子と修子。そこへ入ってくる達彦 達彦 「マネージャー二人して何暗い顔してんだよ」 修子 「達彦、練習するの」 達彦 「当たり前だろう。できれば引退した後、受験勉強をやりながらだって練習するつもりだぜ」 笑顔で返す達彦。そこへ入ってくる吉野 吉野 「達彦、きてたのか」 達彦 「部長の俺がサボる訳にはいかないからな。ちゃんと引退する前まで、みんなの見本にならなきゃ」 吉野 「そうか、よろしく頼むな」 そう行って更衣室へと入る吉野。 達彦 「じゃあ俺も着替えるか」 続くように入る達彦 八六、 グラウンド 亜美 「高橋先輩、もう吹っ切れたんですかね」 修子 「そんな簡単に吹っ切れるわけがないでしょう。一、二年を怪我で棒に振って、やっと三年になってインターハイ出場が決まったって言うのに…」 亜美 「じゃあ何であんなに練習ができるんですかね」 修子 「根っからの陸上好きなんだろうね。後は責任感じゃない」 亜美 「責任感ですか…」 修子 「そう部長としてのね」 その会話に耳を向けながら、曇った顔をするひろ子。 八七、 星奉高校・グラウンド 顧問 「大塚、朗報だ」 走り終えた雄司に近づきながら話しかける顧問 雄司 「何ですか、朗報って」 顧問 「教栄の高橋がインターハイを辞退するっていう話が入った。これで優勝は近づいたな」 雄司 「えっ、本当ですか」 真顔で答える雄司。 顧問 「ああ、どうした。インターハイで優勝すれば有名大学からのスカウトも来るだろうし、そこから実業団、オリンピックも夢じゃないぞ」 雄司 「そんな、あいつと勝負できなきゃ意味ないじゃないですか」 悔しそうに言う雄司 八八、 達彦自宅前 自宅の前で待つ雄司、そこへ現れた達彦 達彦 「何やってんだよ雄司」 雄司 「何やってるじゃないだろう、お前インターハイ出場辞退って」 達彦 「ああ、その話か…これで高校三年間一度もインターハイに出場できなかったな」 雄司 「なんでだよ、あんなにインターハイに出たいって言っていたのに」 達彦 「仕方ないだろう、もう決まったことなんだ。俺のかわりに優勝してこいよな」 雄司 「全中でお前に負けて、高校でやっと勝てるって思っていたんだよ。なのになんで…」 達彦 「出場できないってことは、もう負けたって事だろう。けどな、大学に行ったら必ず勝つからな」 雄司 「お前はそうやっていつでも優等生だな。俺は納得できないよ、お前と高校で、インターハイで勝負ができないなんて」 拳を握る達彦 達彦 「優等生なんかじゃない」 涙を流す達彦 達彦 「無理やりでも納得するしかないんだよ。受け入れざるを得ないんだよ。どうしようもないんだ」 強い口調から、弱くなる言葉 雄司 「達彦」 見守ることしかできない雄司 八九、 昼・河川敷 制服姿で寝っ転がる達彦。 遠くで野球をやっている大人たちの姿がある。 父親 「よし、あそこのポールの所まで勝負だ」 小さな子供に話かける父親。それを見るために起き上がる達彦。 子供 「うん」 身構える子供。 父親 「用意、ドン」 一緒に走り始める親子。子供を見ながら足並みを揃えるように走る父親。 九〇、 小学校の頃の回想・道 雄司 「負けないからな」 達彦 「いや勝つのは俺だよ」 スタンディングスタートの体制で並ぶ二人 ひろ子 「用意、ドン」 ゴールで声をかけるひろ子。走り始める二人。どちらも譲らない。ひろ子の前を走り抜ける。 達彦 「俺の方が早かっただろう」 雄司 「いや、俺だ」 ひろ子の元へと歩みながら言い合う二人。 達彦 「なあ俺の方が早かっただろう」 雄司 「いや、俺の勝ちだろう」 ひろ子 「同着だよ〜」 笑いながら言うひろ子。 九一、 河川敷 親子が走っている姿を見ている達彦。何となく笑顔を浮かべるが、すぐに暗い表情になる。 その後、川岸へと行く達彦。思いつめた顔をしている。川の水を手で触る。 ふと大きなため息をつく。 近くに落ちている石を拾い、投げ込む。 その石の行方をじっとみる達彦。 達彦 「うわー」 川に向かい大声を出す。 九二、 教栄高校・教室 ポツンと誰も座っていない達彦の机 先生が授業をすすめ、黒板に書いている。 生徒一 「達彦、相当ショックなんだろうな」 生徒二 「そりゃそうだろう、念願のインターハイ出場がフイになったんだから」 生徒一 「だよな、俺なら退学しちゃうかもな」 生徒二 「確かに、あいつ陸上ばっかりだったからな」 先生 「ほらそこ、喋ってないでちゃんとノートに書いておけよ」 生徒一、二「はーい」 心配そうに達彦の机を見るひろ子。 九三、 街中 茫然と歩く達彦。思わず晴樹が喧嘩をしていた現場に足を運ぶ。 喧嘩を思いだすように目を閉じる。 二人の私服警察間が歩いている。 砂原 「あれ、あの子は」 警察官 「砂原さん、知っているんですか」 砂原 「ああ、ちょっと行ってくるから待っててくれ」 警察官 「わかりました」 小走りで達彦に近づく砂原。 砂原 「高橋君だっけ」 声をかけられて振り向く達彦。 達彦 「あっ、その節はお世話になりました」 頭を下げる。 砂原 「君の事か、山内が心配していた子っていうのは」 不思議そうに見る達彦 九四、 公園 ベンチに座る達彦と砂原 砂原 「そうか、インターハイには出場できなくなったのか」 達彦 「はい」 落ち込むように答える達彦 砂原 「山内は君の事を心配して署にまで来たよ」 達彦 「晴樹がですか」 砂原 「ああ、自分のせいで友達がインターハイに出場できなくなりそうだから、何とかできないかって」 達彦 「あいつ」 砂原 「俺はネットのことは他の人間じゃ何もできないって伝えることしかなかったよ。君が被害届けを出して相手を見つけるにしても、インターハイには間に合わないかもという事も…。それにしても何であんな不特定多数の人間の根も葉もない噂をみんな信じるんだろうな」 達彦 「…」 砂原 「今じゃあ誰もが簡単に閲覧することができるネットで、しかも自分勝手な正義を振りかざす奴もいるからな。 民意がどうとかいうけど、俺たちは本質だけを捉えていきたいんだけどな」 達彦 「本質ですか」 砂原 「ああ、俺たちだってもちろんネットの情報に踊らされないなんてことはないだろうが、捜査となったら本質を見て動かなきゃならない。けれどもそれだけでみんなが動いてくれるわけじゃないからな」 達彦 「でも、その何もしらない人たちの正義感のお陰で、俺はインターハイに出場できなくなったんですよね」 砂原 「そうなんだよな。情報が拡散できる世の中になったから良い面もあるが、悪い面もある。そこに対して何をするかは、個々の人間だ。 教育委員会も大変だろうな。民意にさからったら今度は自分たちの首がどうなんて話にもなりかねない。 俺たちもそうだが、最終的にはトカゲの尻尾切りになるんだろう」 達彦 「そんなに簡単に言わないでくださいよ」 砂原 「そうだな。当事者としては本当に由々しき問題だ。だが他人はそうは思わない」 達彦は悔しそうに唇を噛む。 砂原 「自分ひとりではどうにもできない事は多い。けれども自棄にはなるなよ。君にはまだ未来がある」 達彦 「未来ですか」 砂原 「そうだ、大学に行っても陸上はできる。実力があれば尚更だ」 達彦 「実力ですか」 砂原 「そう、実力がない人間は、結局はそのスポーツを好きなだけで終わる。けれども実力があれば競技を続けていくことも可能だ。そこで自棄を起こして未来を自らの手で閉ざすことはない」 達彦は自らの手を見る。 砂原 「まあ、そんな事を言ってもすぐに納得できることではないだろう。学校をサボるのもいいが、何かの気分転換でもしたくなったら下手な事を起こさずに、一度連絡でもしてこい」 砂原は名刺を出して達彦に渡す。 砂原 「ちゃんと学校へ行けよ。次からは補導するからな」 ベンチから立ち上がり去っていく砂原。 もらった名刺を見る達彦 九五、 教栄高校・グラウンド 「大学に行っても陸上はできる。実力があれば尚更だ」 砂原の先ほどの言葉が頭に浮かぶ。 達彦は鞄を放り投げ、思わずグラウンドへと向き直る。 達彦 「そうだな、大学でまたやればいいんだ」 一度は納得する表情を見せるが、悔しさがこみ上げてくる。悲しみで胸が苦しくなる達彦。 鞄を取り、グラウンドを去る達彦。 九六、 翌朝・達彦の自宅前 達彦が出てくるところを待っているひろ子。 出てきてひろ子の存在に気がつく達彦 達彦 「何だよ、みんな暇な奴ばかりだな」 ひろ子 「そんな事言わないでよ。みんな心配しているんだから」 振り切るように歩きはじめる達彦。小走りで追いかけ、並ぶひろ子。 ひろ子 「ねぇ達彦。確かにインターハイに出られないのはわかるけど、達彦の陸上はこれで終わりじゃないでしょう。 学校もサボってないでちゃんとおいでよ」 黙って歩く達彦。 ひろ子 「インターハイだけが人生じゃないでしょう。私たちはまだまだこれからなんだし。達彦の力があれば実業団だって通用するって」 振り向くことをしない達彦。 ひろ子 「ねえ、何で無視するの。インターハイに出られないくらいで腐ったりするの」 達彦はその言葉を聞いて怒り顔で振り返る。 達彦 「うるさいんだよ。俺がどれだけインターハイ出場にかけていたか、お前にはわからないだろう。 大学だとか、実業団とか、まだまだ先の事を考える余裕なんてないんだよ。 目の前にあった、手に中にあったインターハイ出場が、三年間待ちに待った全国が、目の前から滑り落ちていったんだぞ。 しかも俺の落ち度じゃない。顔も見たこともない奴らの、適当な発言によってだ」 怒鳴り声に驚くひろ子。 ひろ子 「達彦、そんなに怒らなくても」 達彦 「優等生とかそんなんじゃないんだ。俺はただの高校生なんだぞ。怒りたくもなる。ふざけるなって怒鳴りたくもなる。 出られるはずだったんだ。優勝してやろうと思っていたんだ。それがそれが…」 悔し涙が出そうになるのをこらえる達彦。 ひろ子 「達彦…」 それ以上の言葉がでないひろ子。 ひろ子に背を向け、走り去っていく達彦。その背中をずっと見ているひろ子。 ひろ子 「もう昔みたいに、待ってなんて言えないんだよね」 寂しそうな表情を見せる。 九七、 ゲームセンターの前 入ろうか悩んでいる達彦。その存在に気付き近づく晴樹 晴樹 「達彦」 振り向く達彦。 達彦 「なんだ晴樹もゲーセンか」 晴樹 「莫迦言え、ちょっと買い物に行くだけよだ。停学中にゲーセンにいるところでも見られたら、今度こそ退学になっちまう。 お前と一緒に卒業するために色々我慢しなきゃならないんだよ」 笑う晴樹。つられて達彦も笑う。 歩き出す二人。 達彦 「なあ、晴樹が陸上を諦めた時って、どんな感じだったんだ」 晴樹 「もう忘れたよ」 達彦 「そっか」 下を向く達彦。それに気がつく晴樹。 晴樹 「俺は悔しくてどうしようもなかったよ。何であんな事故があったのかって、世の中を全て恨んでやろうと思った。 だから自棄になって悪いこともやろうと思った。けれどな、砂原さんにこの間言われて気がついたんだ」 達彦 「砂原さんって、あの警察の」 晴樹 「そう。 自棄になっても未来はない。自分の未来を作るのは自分自身だってな。 世の中を恨むのは勝手だが、お前が恨みをぶつけた人間に恨みを買うのは別だって…。えらそうなんだよ、あの人は」 思わず微笑む達彦 晴樹 「自分の弱さで自棄になっても、結局は悪い方向にしかいかない。だから俺は喧嘩もやめたんだ。それなのにあの時莫迦が喧嘩を売ってきやがったから」 達彦 「じゃあ結局は自分の感情のコントロールができてないってことじゃないか」 晴樹 「まあな。でも自分からは喧嘩は売ってないぜ」 達彦 「そうなのか」 晴樹 「ああ、だから思いっきり怒りそうになった時は」 晴樹は殴る素振りを見せる。 達彦 「それって、結局は喧嘩するってことじゃんかよ。駄目じゃん」 晴樹 「そんな事ないって、ちょっとこいよ」 晴樹は達彦を誘うように小走りになる。それについていく達彦。 九八、 晴樹の自宅 門を通り越し、庭に向かう。そこにはスタンディングバックが置いてある。それに近づき、いきなり殴りかかる晴樹。数発殴ったところで達彦を向き直る。 達彦 「殴るってこれか」 晴樹 「夜は殴るなって親に言われているけどな。お前も殴ってみるか」 ちょっと考える達彦。晴樹は達彦をバックの前に招くようにする。 思い切り空気を肺に吸い込んで、殴る達彦。何発か殴ったところで、ため息をつく。 晴樹 「気持ちいいだろう。こうやって俺は気分転換をするんだ」 晴樹に向き直る達彦 達彦 「みんな、どうしようもない気持ちを抑えながら生きているんだな」 晴樹 「ああ、だけど俺も最近は将来の事を考えるようになった。だから高校もちゃんと卒業しようと思っているよ」 達彦 「夢でもできたのか」 晴樹 「パーソナルトレーナーになりたいって思うようになったよ。俺ができなかった夢を他の奴が捨てなくていいように、手助けができればと思っている」 達彦 「そうか」 少し深刻な表情を見せる達彦。 晴樹 「今、お前は悩む時かもしれない。けどな自棄を起こしたら未来がなくなっちまう。それだけは辞めてくれよな。もしも俺がトレーナーになったら、お前の夢に俺の夢を乗せてもらうよ」 達彦 「晴樹」 涙ぐむ達彦 晴樹 「だから今は学校をサボろうとかまわないけど、大学にちゃんといけよ。そこで活躍して、将来はオリンピックだ」 晴樹は達彦の肩を叩く。無言で頷く達彦。 九九、 教栄高校・グラウンド 放課後の練習がはじまっている。そこに入ってくる達彦。 修子がその存在に気付き、ひろ子に伝える。 ひろ子 「達彦」 走り寄るひろ子。 ひろ子 「今朝はごめん。達彦のことを何も考えないで色々言っちゃって」 達彦 「そんな事ないだろう。俺の事を考えて言ってくれたんだから、ありがとう」 ひろ子の横を通り抜け、渋谷の前に歩み寄る達彦 達彦 「先生、サボってすみませんでした」 頭を下げる。 渋谷 「いや、サボりたくなる気持ちはわかるよ。もう少し俺が何とかしてやれればよかったのに」 達彦 「先生のせいではないですよ。俺は大学にいって陸上を続けようと思います」 吹っ切れた顔を向ける達彦 渋谷 「高橋」 うなづく達彦 一〇〇、 駅 渋谷、吉野、聖也、修子が見送りにきた部員たちと向き合っている。 達彦 「吉野、頑張ってこいよ」 吉野 「任せとけ」 達彦 「聖也、二年でもやれるって事を見せてこいよ」 聖也 「はい」 二人と握手を交わす達彦。 渋谷 「これからインターハイに行ってくる。今回は吉野と武藤の二人がわが校から出場する。みんな応援を頼むぞ」 部員一同「はい」 各々の部員たちが選手に話しかける。 「あとで行くからな」 「頑張ってこいよ」 など様々な言葉が飛び交う。 渋谷の前に向かう達彦 達彦 「部活はコーチの八木さんたちが見てくれるので心配ないと思います」 渋谷 「高橋、すまないが留守をよろしく頼むぞ」 達彦 「はい、任せて下さい」 頷き合う二人。 電車へと乗り込む四人。 発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。 みんなが手を振る。達彦も笑顔で見送りをする。 電車を最期まで見送る部員たち。電車が見えなくなる 達彦 「さあ、これから帰って練習だ」 部員 「はい」 一〇一、 新幹線の中 聖也 「高橋先輩、もう吹っ切れたんですね」 吉野 「ああ、もう大学に行ってからの事を考えているんだろう」 聖也 「凄いですね。俺だったら腐ってますよ。折角のインターハイ出場だったのに」 修子 「武藤もわかってないな。竜彦は達彦なりに悩んだんだよ。まあ昔から切り替えは早いほうだったけれども、今回は厳しかったんじゃないかな」 渋谷 「辛かったと思う。中学で実績があったのに高校三年間を棒に振ったんだ。悔しくないわけがない。だから二人とも、高橋のためとは言わない。自分のためにベストを尽くせよ」 頷く二人。 一〇二、 教栄高校・グラウンド グラウンドの端で話をする部員たち。 一年部員「そう言えばインターハイに出ない三年って、引退しないんですか」 二年部員「インターハイが終わってからだよ。うちの部はそのあと三年と共に部員全員で個々の種目の記録会をやって三年は引退だ」 一年部員「そうなんですね」 二年部員「そう、追い出しの記録会だよ」 遠くから見る達彦 達彦 「おい、そろそろ練習再開するぞ」 部員たち「はい」 練習へと戻る部員たち 一〇三、 インターハイ会場 様々な競技が行われている。そんな中、四〇〇メートルハードル準決勝が行われる。 その中にいる吉野。 スタートする。 一〇四、 スタンド 渋谷と修子、聖也が見守る。 一〇五、 グラウンド 五位で走り終わる吉野。走り終えて悔しそうな表情を浮かべる。 一〇六、 スタンド 渋谷 「ああ…」 悔しそうな表情を見せる渋谷。その横でタイムを記録する修子。 一〇七、 走り幅跳び 走り込み、思い切り踏み込む聖也。 思わずガッツポーズをする聖也。 一〇八、 スタンド 聖也が歩いてくる。 雄司 「あれ君、教栄のコだっけ」 雄司に気がつく聖也 聖也 「はいそうです。大塚さんでよね」 雄司 「ああ、良く俺のことを知っているな」 聖也 「もちろんですよ。二〇〇メートル優勝おめでとうございます」 雄司 「ありがとう。君はどうだったの」 聖也 「六位入賞でした」 雄司 「おめでとう」 手を差し伸べる雄司。その手を握る聖也。 聖也 「ありがとうございます」 聖也から眼を離しグラウンドを見る雄司 雄司 「そういえば達彦はどうしている」 聖也 「高橋先輩は、引退記録会に向けて練習をしていると思います」 雄司 「そうか、まじめに練習しているのか」 聖也 「はい、インターハイには出られないが、大学に向けて今は練習をすると言っていました」 雄司 「優等生が…」 思わずはにかむ。 雄司 「そう言えば、今引退記録会とか言っていたな。それは何なの」 聖也 「うちの学校は三年生たちがインターハイを終えると、一、二年と共に記録会をやって引退するんですよ」 雄司 「そんな事をやるのか…」 聖也 「はい」 ちょっと考えこむ雄司。 一〇九、 教栄高校・陸上部部室 テレビが置かれている。数人の部員たちがそれを見ている。達彦、ひろ子の姿もある。 一一〇、 テレビ 実況 「これより一〇〇メートル決勝が行われようとしています」 グラウンドの様子が映し出される。 一一一、 スタンド・記者席 横関 「本来ならばあそこに幼馴染二人が並んでいたのになぁ」 カメラのレンズ越しに言う横関。 羽村 「まあ仕方がないだろう。俺たちの仕事は結果を報告するまでだからな」 横関 「確かにな。でも見たかったな幼馴染対決」 一一二、 テレビ 実況 「注目は二〇〇メートルで優勝した星奉高校の大塚ですね」 解説 「そうですね。彼は二年生の時に三位でしたから、今年は優勝が期待されています」 実況 「さて、いよいよスタートです」 一一三、 インターハイ・グラウンド スタートブロックに足を着ける選手たち スターターの手があげられる。 スターター「用意」 選手たちの腰が上がり、緊張感が走る。 一一四、 教栄高校・部室 鋭い眼光でテレビを注視する達彦。 一一五、 インターハイ・グラウンド 撃鉄が落とされる。 選手たちが走りはじめる。競るようにして走る選手たち。 実況 「スタートでは横一線」 解説 「伸びてきている選手がいますね」 実況 「大塚、加納、栗原ですね」 上位三人が少し前に出る。 後半加速する雄司。 解説 「大塚が少し早いか」 実況 「大塚か、加納も甲乙つけがたい」 ゴールテープの前で、かわすように抜け出る雄司。 実況 「一着は大塚、星奉の大塚が優勝です」 ゴールをして軽く走りながら手を挙げる雄司 一一六、 教栄高校・陸上部部室 達彦が興奮して立ち上がる。 達彦 「雄司やったぞ」 横で歓喜するひろ子。 一一七、 インターハイ・グラウンド テレビインタビューを受ける雄司 記者 「優勝おめでとうございます」 雄司 「ありがとうございます」 記者 「高校で優勝し、今後は大学、もしくは実業団などでの活躍もあると思いますが」 雄司 「そうですね。将来の夢はやはりオリンピックですから、今後も活躍できるように努力したいと思っています」 記者 「日本の一〇〇メートルも九秒台に入り、これからどのように戦っていきたいですか」 雄司 「そうですね、まずは九秒の壁を破らないといけないですから、今後も練習に励んでいきたいと思います。 でもその前に高校でやり残した事があるので、そこもしっかりとやりたいと思っています」 記者 「やり残した事ですか」 雄司 「そうです。近いうちにそれをクリアして九秒台を目指します」 秘めたような笑みを浮かべる雄司 一一八、 教栄高校・グラウンド 部活を終え、着替え終わって立ちすくむ達彦。悔しさと嬉しさのいじまじった表情を見せる。それを少し離れた位置から見守るひろ子。 気持ちがおさまったのか、帰ろうとする達彦。ひろ子の存在に気がつく。 ひろ子 「雄司、優勝できて良かったね」 達彦 「ああ、そうだな」 ひろ子 「高校では雄司に離されちゃったね」 達彦 「大丈夫、大学にいったら絶対に追い抜いてやる」 腕に力を込める達彦 ひろ子 「ねえ達彦。その時に私は横にいてもいいかな」 達彦 「またマネージャーとしてか」 ひろ子、一瞬眼をそらす。 ひろ子 「いや、大学は一緒のところに行くとは限らないから…」 達彦 「まあ、お前と雄司は幼馴染だからな。どこに行ったとしても一緒にいるんじゃないかな」 ひろ子 「もう幼馴染はいいや」 達彦に背を向けるひろ子 ひろ子 「ねえ、私は達彦の事、好きだけど、達彦はどう思っている…」 一瞬間をおく達彦 達彦 「好きだよ」 振り返り達彦を見るひろ子。 達彦 「本当は、インターハイに出て、優勝してから言いたかったんだけどな」 背を向けて歩き出す達彦 ひろ子 「ちょっと、待ちなさい」 追うようにして並ぶひろ子。その手をそっと握る達彦 一一九、 教栄高校・グラウンド 引退記録会の日、各選手たちがウォーミングアップをしている。 渋谷 「それではこれから三年の引退記録会をはじめる。 最初にインターハイ、四〇〇メートルハードル、準決勝に進出した吉野から一言お願いしよう」 拍手をされて吉野が前に出る。 吉野 「俺たち三年で、インターハイに出場できたのは俺だけだった。けれども俺が一年で入部した時、インターハイに出場できるなんて思ってもいなかった。 それは先生たちが必死で指導してくれたからだと感謝している。まだインターハイに出場できる実力がないと思っている選手たちもこれから先の練習で変わってくる可能性がある。高校とはそんな時期だと俺は思っている。 俺たちの代では、入部した時に、インターハイ出場確実と言われていた選手たちが二人いた。けれどもそいつらはインターハイに出場はできなかった。 だが、そいつらはきっと、明日に向かって何かを見つけていくんだと思う。 高校の時期なんてあっと言う間だ。その間に自分たちが何をできるか、そして未来に向かって何を考えるかだ。 俺はこの部活で、インターハイ出場というだけでなく、友達との出会いや、そいつらの葛藤を見て、様々な事を考えた。 一年、二年も、色々な思いはあると思うが、これからの部活を頑張ってもらいたい」 吉野は頭を下げる。それと共に拍手が起こる。 ホワイトボードに競技順が示されている。 一〇〇メートルは一番最期になっている。 二〇〇メートルをぶっちぎりで走り抜ける達彦。ハードルを飛ぶ吉野。幅跳びの跳躍をする聖也。 一二〇、 陸上部・部室 部室へと入ってくる聖也。一人の男がスパイクを履いて準備をしている。 聖也 「もうそろそろですが、準備はどうですか」 男 「さっき軽くアップをさせてもらったからいつでも行けるぞ」 聖也 「そうですか、先生には許可をもらっていますので、いつでもきてください」 男 「分かった、武藤ありがとうな」 聖也 「とんでもないです。じゃあグラウンドで待ってますんで」 部室を出て行く聖也 一二一、 グラウンド 達彦 「さて、もうすぐだな」 ひろ子 「そうだね。このグラウンドで最期の走りだね」 達彦 「色々あったけど、最期思いっきり走ってくるよ」 ひろ子 「うん」 立ち上がる達彦。そして今一度スパイクの紐を結び直す。 アナウンス「これから最終種目、一〇〇メートルを行います。選手の方たち準備をお願いします」 一〇〇メートルを走る達彦と一、二年の選手たちが並ぶ。そこに後方から一人の男が歩んでくる。 ひろ子 「えっ」 星奉高校のユニフォームを割り込むように入ってくる雄司 達彦が雄司の存在に気付き、近づく。 達彦 「何やってんだよ」 雄司 「何って、高校でやり残した事を片付けに来たんだよ」 笑いながら言う雄司。 渋谷の元に近づくひろ子 ひろ子 「先生、何で雄司…いや、大塚がいるんですか」 渋谷 「ああ、大塚たっての願いでな」 ひろ子 「いつそんな話を」 渋谷 「インターハイの時だったかな。たまたま武藤と大塚が話をして、引退記録会があるって話をしたらしいんだ。そしたら大塚が、一〇〇メートルで優勝したら、ぜひともその時に高橋と勝負をさせてくれって言ってきてな」 ひろ子 「雄司が…」 雄司を見るひろ子。 雄司は軽く身体を動かしている。 スタートブロックの前、中央に並ぶ達彦と雄司 達彦 「いいのかインターハイ一位が恥をかきにきても」 雄司 「大丈夫、俺が勝つことには変わりないから」 ゴールを見つめる二人。 達彦 「いつからだろうな、俺達が一緒に走り始めたのは」 雄司 「ん〜ん、いつだか忘れたけど、小さい頃から達彦とは走っていたな」 達彦 「そうだな。何だかなぁ」 雄司 「俺達の陸上人生はまだまだこれからだぜ、ガキの頃の事なんて忘れて当然だろう」 達彦 「そうだな、高校はただの通過点…今日でお終いだ」 雄司 「そう、これからも多分、俺達は日本のトップで走り続ける。こんな所で終わってたまるか」 顔を見合わせて笑い合う二人。 そしてスタートブロックに足を着ける。もう走ることしか考えていない二人。 スターター「用意」 そして撃鉄が落とされる。 スタートブロックを蹴って走り始める二人 エンドロールが流れ出す。 |