八神　京介　　…　結婚一年目　３０歳

八神　恭子　　…　京介の妻　　２７歳

八神　譲二　　…　京介の父　　５５歳

八神　智子　　…　譲二の妻　８年前に交通事故で亡くなる。享年４４歳。京介が大学４年

柏原　信子　　…　恭子の母。３年前に亡くなる。享年４９歳

一、とある寺

　柏原家の墓の前で手を合わせる京介と恭子。

恭子　「盆入りだっていうのに、一人親でアパート暮らしだったから、どこにもお母さんを迎えてあげられなくて…」

京介　「まあ、盆に実家に帰らない時には、うちに連れてきてあげてもいいんじゃないか」

　京介を見る恭子

恭子　「そんな事をいってくれるなんて、やっぱり京介さんと結婚して良かった」

京介　「家に迎えるよりも、本当はお母さんには結婚式に出てもらいたかったけどな」

恭子　「しょうがないじゃない、私と付き合いはじめた頃には、お母さんは病気だったんだから」

京介　「そうだね。一度だけお母さんの病室を尋ねた事があったけれども、優しく迎えてくれたっけ」

恭子　「シングルマザーだったけれども、何不自由なく育ててくれたし、活発な人だったから」

　懐かしそうに思い出す恭子。

京介　「さあ、思い出話は車の中で続けようか…」

恭子　「そうだね。お母さん、また来るからね」

　再び手を合わせて立ち去る２人。

　墓の中から信子の霊が現れる。

信子　「前回は結婚の報告に来てくれたっけ…あれから初めてのお盆か…。

　　　　京介君の実家に帰るっていうし、ちょっと憑いて行っちゃおうかな」

　ふと２人の後を追いかける信子。他に歩いている人たちにも霊が憑いている。みな盆に迎えにきてくれた親族と共に家へと帰っていくところのようである。

二、墓、駐車場

　京介が鍵を開ける。恭子は助手席へと乗り込む。

京介　「やっぱりこの時期はちょっと置いておくと車の中は暑いなぁ」

　エンジンをかけ冷房を入れる。

恭子　「この炎天下じゃしかたがないよね。それにしてもこんなに暑くなるんだから、子供を車に放置するなんて事をする人の気が知れないよね」

京介　「全くだ」

　すり抜けるようにして後部座席へと乗り込んでくる信子。

恭子　「やっぱり暑い」

　水筒を取り出して一口飲む恭子。

京介　「すぐにエアコンが効いてくるよ。さて、行くか」

　車を出す京介

　駐車場から出る車。

三、走っている車

タイトル【仮　知らぬは本人たちばかり】

が流れ、車が走っている中、出演者たちの名前が映し出される。

　そんな中、高速道路へと入っていく車。

三、車内

　京介が車に備え付けられている時計を見る。京介　「一一時か、ここから約一時間くらいかな」

恭子　「どこかで食事でもしていく」

京介　「そうだな、どこかで休憩がてら食事でもしようか」

信子　「いいね、新婚だから２人でどこにでも行けて」

　ボヤく信子。

京介　「まだ子供がいないから結婚したっていっても付き合っている時と同じみたいな感じだな」

恭子　「確かにね、でも京介さんの実家に行くってところは今までの旅行とは違うところね」

京介　「確かに、恭子が実家に挨拶に行った時は、そのまま草津まで行ったんだっけ」

恭子　「そうだったね。外湯巡りとか楽しかったね」

京介　「そのうちまた機会をみて行こうか」

恭子　「そうね、でも他の温泉地にも行ってみたいかな」

京介　「まだまだ俺たちには時間があるんだから、色々と旅行に行こう」

恭子　「でも子供が産まれたらそうはいかなくなるかもね」

京介　「そうだなぁ、今は共働きで金銭的にも余裕があるけど、子供ができたらそうもいかないだろうからな」

信子　「そうだね、子供ができると身動きしづらくなるからね。今のうちに楽しんだ方がいいかもね」

四、インター

　駐車場に止めた車から２人が出て、食堂へと向かう。

　席に座って食事を食べる２人。

恭子　「お義父さんは家にいるのかな」

京介　「今は墓参りでも行っているんじゃないかな」

恭子　「ご先祖様のお迎えだね」

京介　「今頃はお袋もきゅうりの馬に乗って家に着いている頃じゃないかな」

恭子　「きゅうりの馬って懐かしい。うちも田舎に行くとやってた」

京介　「あれ、恭子の田舎ってどこだっけ」

恭子　「話したことなかったっけ、うちは山形だよ」

京介　「そっか山形か、そのうち行けるといいな」

恭子　「でももうおじいちゃんたちもいないから、どこかに泊まることになっちゃうけどね」

京介　「そっか、田舎っていっても家はないのか」

恭子　「そう、おじいちゃんたちも借家だったからもうないんだよね、私の帰る場所って、今住んでいる家以外にないのかな」

京介　「そうなのか、でもうちの実家で良かったら恭子の実家でもあるわけだから、いつでも帰ればいいさ」

恭子　「そうだね、もしも京介さんと喧嘩した時には、実家に帰らせてもらえますって、お義父さんのところへ行けばいいか」

京介　「そうそう、そのくらいの気持ちで付き合ってくれたらオヤジも喜ぶだろう」

信子　「そうやって付き合ってくれたらいいね。京介さんのお父さんか、いったいどんな人なんだか…」

　少し楽しそうな想像を浮かべる信子。

　食堂を出る２人。

恭子　「運転代わろうか」

京介　「いいよ、ここまでくればそう遠くはないから…」

恭子　「じゃあ甘えさせてもらうね」

　ふと自動販売機を見つける恭子

恭子　「ちょっと飲み物でも買う」

京介　「水筒があるんじゃないのか」

恭子　「だいぶ中身は少なくなっているけど」

京介　「確かに今日は暑いからな、一応買っておくか」

恭子　「じゃあ買ってくるね」

　小走りに販売機へと向かう恭子。

信子　「確かに日差しが強くて暑そうだね。まぁ私は幽霊だから暑さは感じないけど…」

　空を見上げる信子。

五、走り出す車

　高速道路を走る。

恭子　「それにしても飛ばしている車も多いね」

京介　「まあ遠くまでいく人たちもいるんだろう。急ぎたい人たちは急げばいいさ」

恭子　「確かに、京介さんは安全運転でお願いね」

京介　「はい、わかりました」

　渋川・伊香保の料金所を出る車。市街地を走る。

恭子　「なんだか実家に帰ってきたって感じだね」

京介　「確かにのどかなだからな。東京の雑踏の中に比べると過ごしやすいのかも」

恭子　「子供が産まれたらこういう場所に住むのもありかな」

京介　「ありかもしれないけど、仕事があるかどうかだよ」

恭子　「うちの会社は在宅勤務が増えているからこっちでもできるかも」

京介　「そっか、でもうちの会社は無理だな…。かといってこっちで職を探すのもな…」

恭子　「まあその時になったら考えればいいんじゃない」

京介　「まあ、その時になったらな」　

信子　「京介さんの実家は渋川なんだ。私も一時は住んでいたことがあるけど…まあ、昔の話だからなぁ」

　懐かしそうに風景を見て言う信子。

六、実家・玄関前

　迎え火を起こしていた火種に水をかける譲二。晴天の空を見上げる。

譲二　「そろそろ京介たちが帰ってくる頃かな、なぁ母さん」

　思い出すように話す譲二。

智子　「息子夫婦が実家に帰省か…私も生きていたら一緒にいたかったな」

　譲二の横で話す幽霊の智子　

七、実家・居間

智子　「やっぱり家はいいもんだな」

　居間に座りノンビリする智子。ふと立ち上がり縁側へと移動する。

智子　「恭子さんと一緒か…結婚の報告に墓参りにきてくれた時以来かしら…。楽しみだねぇ、もうちょっといい格好で迎えてあげたいけどねぇ」

　自分の服装を見る。

智子　「死んでいるからどうせ見えないか」

　ぼやくように言う。

八、車中

　車が坂道を走っている。

恭子　「あの辺りだったっけ」

京介　「二回しかきてないのに良く覚えているな」

恭子　「何となくね」

信子　「何となくか…何となくと言えば何となく私もこの辺、見覚えがあるかなぁ」

京介　「ほら、あそこを曲がったところだ」

九、道

　車が曲がってくる。そして実家の前に止まる。

一〇、実家、門

　譲二が車に気づき近づいてくる。助手席の窓を開ける恭子。

譲二　「二人ともいらっしゃい」

恭子　「ご無沙汰しております」

京介　「ただいま、そこに入れていいだろう」

　譲二の車の前の駐車スペースを指差す。

譲二　「ああ」

　車が駐車するために動き、後ろから車庫へと入れる。

　京介と恭子が車から降りる。

　信子がドアをすり抜けるように降り、不思議そうな表情を見せる。譲二の姿を舐めるようにして見る。

信子　「京介さんのお父さんって」

　小走りで門のところへと移動し、表札を見る。

　そこには八神と書かれている。それを見て驚く信子。

　トランクから土産を出す京介

京介　「おやじ、これお土産」

　その場で手渡たそうとする。

譲二　「まあ、とりあえず中に入ってからだ。恭子さんも疲れただろう。中でお茶でも飲んでゆっくりしたらいい」

恭子　「運転はずっと京介さんでしたから、私は疲れてないですよ。何かあったらいつでも言ってください」

譲二　「そうはいかんよ、わざわざ実家にきてもらっているんだ。ゆっくり休んでくれていいよ。

　　　　そうそう、お母さんはもう迎えに行ってきたから、家の中にでもいるんじゃないかな。京介の嫁さんがきてくれて嬉しいんじゃないかな」

信子　「そっかお盆で思わず京介さんたちについてきちゃったけど、実家にくるってことは、亡くなったお母さんもいるってことだわね。何だか入りにくくなっちゃったなぁ」

一一、玄関

　譲二が玄関を開けて入ってくる。その後に続く京介と恭子。

恭子　「おじゃまします」

　すんなり靴を脱いで入っていく京介と、靴を整理して入っていく恭子。

一二、居間

　荷物を端の方へと置く京介と恭子。譲二は台所へと移動し、冷蔵庫から麦茶を出し、グラスを三つ出して入れる。

居間の奥に置かれている仏壇へと向かう京介、着いていく恭子。

　座って蝋燭に火を点け恭子に渡す京介。線香を手に取り、火をつけ、線香をあげる。

京介　「お袋、今年も帰ってきたよ」

　手を合わせる。続くように恭子が線香をあげる。

恭子　「お義母さん、はじめてお盆にお邪魔させてもらいます。これからもよろしくお願いします」

　手を合わせる。

智子　「あら、ちゃんとしたお嫁さんね。前回はお墓だったけれども、今回は家にいるからね。また違う雰囲気だわ」

　感心するように言う。

譲二　「おい、とりあえず麦茶を入れたから、こっちで休んだらいい」

　グラスを机において声をかける。

　京介は何も言わずに仏壇から移動する。恭子はまだ手を合わせている。

　京介は座って麦茶に手を伸ばし、一口飲む。

恭子　「お義父さん、すみません。ありがとうございます」

　仏壇の前から動き京介の横に座る恭子。

譲二　「何を言っている。恭子さんは客なんだから、気を使わなくてもいいんだよ」

智子　「そうそう、恭子さんに気を使わせないようにね、お父さん」

譲二　「今日はノンビリ出てきたのか」

京介　「いや、朝は早かったよ。でも恭子のお母さんの墓参りもしてきたからこんな時間になったけどね」

智子　「恭子さんの家のお墓参りもしてきたのね、感心感心…。でも恭子さんのお母さんはお盆なのに帰る場所がないなんて気の毒だね〜」

一三、玄関前

信子　「京介さんのお父さんが譲二さんで…それで亡くなった奥さんがお盆で帰ってきているってことは…」

　考え込む信子。

信子　「やっぱり鉢合わせするわけにはいかないよね」

　急に門の外へ向かおうとする。だが身体が動かない。

信子　「あれ、何で門の外に出られないのかしら…」

　今一度試すが、身体が門の外へとはいけない。

信子　「もしかしたら、お盆で帰ってきてるから、家とか恭子たちからそれほど遠くに行くことができないって事かしら…」

　再び考える。

信子　「ただ家に入るわけにもいかないから、外にいようかしら…仕方ない車の中にいるか…」

　車の中へと入り込む信子。

一四、居間

譲二　「そういえばお萩を買っておいたんだ。京介、申し訳ないけど冷蔵庫から取ってきてくれるか」

恭子　「お義父さん、私が」

　立ち上がろうとする恭子。それを手で制する譲二

譲二　「恭子さん、ここに居るときは何もしなくていいんだよ。こんな京介をもらってくれたんだから…ここに居るときは客人なんだから」

恭子　「客人だなんて」

京介　「わかったよ、冷蔵庫だろう」

　立ち上がり冷蔵庫へ向かう京介。申し訳なさそうにする恭子。

譲二　「恭子さん、京介は子供の頃お萩が大好きだったんだ。でも一時食べなくなったときがあるんだよ」

　そう言って笑う。

恭子　「何かあったんですか」

譲二　「お彼岸の時のことなんだ。春は牡丹餅っていうんだという話をしたときに、あいつが何てって、聞くからその話をしたんだ」

恭子　「お萩って、春は牡丹餅なんですね。確かに同じものなのに違う名前で売られている時がありますね」

譲二　「俺も詳しい話は知らないんだが、諸説ある中で、武士が彼岸に牡丹餅を嫌がったらしい。牡丹の花は開花時機を過ぎると花ごとぼたって落ちる。それを打ち首みたいでいやだっていうらしく」

恭子　「それで名前が違うのですか」

譲二　「まあそれ以外にもあるらしいが、俺が聞いた話ではそんな事もあって、春は牡丹餅なんだって話したら、あいつは怖がってな」

　京介が皿に盛ったお萩を持ってきた。

京介　「何おやじは変な昔話をしてるんだよ」

譲二　「お前が牡丹餅を嫌がったっていう話しだよ」

京介　「幼稚園の時の話しだろう。ガキなんだからそんな話しでも怖くなるだろう」

恭子　「でもそれで食べることまでできなくなるなんてね」

　笑う恭子。

京介　「一回夢に出てきたんだよ、俺の首返せって武士に追われたんだ。手に持っていたお萩を返したら身体に乗っけて帰っていったよ」

　譲二が思わず話を聞いて笑い出す。つられるように恭子も笑う。

智子　「確かにそんなときもあったわね。でもお父さん、あまりにも昔話過ぎて京介が困るのも無理はないわよ」

　思わず笑う智子。

京介　「まいったなぁ、そんな下らない話して」

　そういってお萩を口に運ぶ。

一五、縁側・夕方

　譲二がうちわを持って縁側に座っている。風呂から出てきた京介が隣に座る。

譲二　「どうだった久しぶりの実家の風呂は」

京介　「ああ、今の家よりも広くて気持ちがいいよ」

譲二　「やっぱり戸建てとは違うか」

京介　「そりゃそうだ。集合住宅の風呂なんて、広いわけがないからな」

譲二　「子供ができたら戸建てでも買えばいい」

京介　「そんな簡単に買えるかよ。こっちとは土地の金額だって違うんだから」

譲二　「そんなにするのか…まぁ少しくらい援助してやってもいいけどな」

京介　「ありがたいけど、そんな金あるのかよ」

譲二　「お母さんが８年前に亡くなってから、俺はそれほど物入りじゃなかったからな。そこそこの生活ができていれば充分だったし、お前も独立して手がかからなかったからな」

京介　「おふくろか…亡くなったのは俺が大学４年の時だったからな」

譲二　「そうだったな。俺もまだ仕事が忙しくて、家のことはお母さんに任せっきりだったから、亡くなった時に家の中に何があるのかさえわからなかった」

　後ろで見ている智子

智子　「急な交通事故で亡くなっちゃったからね、家の色々な事をお父さんに伝えることもできなかったからね。通帳が仏壇のところに入っているくらいしかお父さんはわからなかったかもね」

京介　「でも細かいお袋だったから、色々探せばすぐに見つかったんだろう」

譲二　「そう、しっかりしていたからな母さんは…」

　ふと懐かしく空を見上げる譲二。

智子　「お父さん、今でも私の事を好きなのかしら…そうやって思っていてくれるってありがたいなぁ」

　思わず譲二に並ぶように座る智子。ふと京介の車の中にいる人影に気がつく。

　恐る恐る近づいていく。

一六、駐車場

　京介の車の中

信子　「このまま奥さんと鉢合わせなんて…やっぱりできないよな…」

　落ち込む信子

信子　「それに譲二さんの家だったなんて…何で京介さんが結婚の報告に来た時に気が付かなかったんだろう。

　恭子が京介さんの名氏まで言わなかったんだっけ…」

　京介の車に近寄り、訝しげに後方から覗き込む智子。

智子　【心の声】

　　　「やっぱり誰かいる。でもこの暑さの中でエンジンのついてない車の中になんていたら死んじゃうんじゃないの…」

　ふと陰が薄いことに気がつく。

智子　【心の声】

　　　「もしかしたら、私と同じ幽霊…お盆に帰ってきたって事…だとしたら、本当は家に行くはずじゃないの…」

　ふと考える。

智子　【心の声】

　　　「もしかしたら、来る前に恭子さんのお母さんの墓参りに行ってきたっていうから…そのお母さんなのかな…行く場所がなくて思わず２人に憑いて来ちゃったのかな…」

信子　「やっぱり鉢合わせしないためにも、２人が帰るまで、ここにいるのが一番かな」

　その時、ふと智子が車の中へと入ってくる。それに驚く信子。

智子　「もしかしたら、恭子さんのお母さんですか」

　智子から視線を外す信子

信子　「はい」

　小さく答える。

智子　「そうでしたか、京介が今日、恭子さんのお母さんの墓参りに行ってきたと言っていたので、もしかしたらと思いまして…」

信子　「すみません。思わずお盆だというので、墓から出られると思い、憑いてきてしまいました。でも家にはお邪魔しませんので、ここでおとなしくさせてもらいます」

智子　「そんな事をおっしゃらずに、こんな場所にいたって墓の中と一緒で窮屈なだけでしょうから…」

信子　「いえ、そんなお気遣いなく…」

　どんどんと小さくなる信子

智子　「いいじゃありませんか」

　信子の手を引く智子。顔を見た時に思わず考えだす。

智子　「あの、お母さん、どちらかでお会いしたことはありませんか」

信子　「なっ、無いと思いますよ。気のせいでしょう」

　顔をそむける。

智子　「そうですか…確かに見たことがあるような気がしますが」

信子　「他人の空似という事もあるでしょうから…気にしないでください」

智子　「空似…ですかねぇ。どこかでお会いしたような気がするのですが…」

　考えこむ智子…。

智子　「そう言えば恭子さんの旧姓って…お母さん、お名前は…」

信子　「そんな人様に名乗るほどの者ではございませんので…」

　更に覗き込む智子

智子　「時代劇じゃないのですから…ちょっと名前は何ておっしゃいますの」

　圧を強める智子。

信子　「本当に…あの」

　縮こまる信子

智子　「お母さん、折角墓からお盆で出てきたのですから遠慮はいりませんじゃありませんか。死人同士、仲良く子供たちの話をする為にも…隠し事なんてなしにしましょうよ。現世に未練はなしでしょうし、何かあっても咎めることではでき無いじゃないですか」

信子　「本当にそう思ってらっしゃいますか」

智子　「もちろんですよ。今更何があったって、もうどうすることもできない状態なんですから、二人とも…」

信子　【心の声】

　　　「奥さんもそう言っているし、もしかしたら私の事を覚えていないかもしれないし…」

智子　「ねえ、お母さん」

　そんな智子に向き直る信子

信子　「そうですか、では名前だけですよ」

　一瞬ためてから、覚悟を決めるように

信子　「柏原と申します」

智子　「柏原さんね」

　思わず考えこむ智子。それを恐る恐る見る信子。考えがまとまったのか、思わず信子の両肩に手を添える智子

智子　「もしかして、柏原さんって…」

　はっとして顔をそむける信子

智子　「確かに歳をとっているけど、面影はあるわね。あなた、もしかしたら…」

信子　「…」

智子　「２８年前にお父さんが浮気していた柏原信子さん」

信子　「はい、あの時はすみませんでした」

　謝る信子。智子が思い切り信子を押し出し、車から出る。

智子　「ちょっと、良くもこの家に来られるわね。図々しい」

信子　「さっき奥さん、過去は咎めないって」

智子　「そんな訳ないでしょう。死んだって忘れないわよ」

信子　「だから車の中にいたんですよ。譲二さんにも、奥さんにも顔を合わせることができないと思って」

智子　「当たり前でしょう。しかも人の旦那の事を、譲二さんだなんて馴れ馴れしく呼ばないで」

信子　「だから本当に申し訳ないって言っているんですよ」

智子　「取りあえず、うちから出ていきなさいよ」

　信子を思い切り押し、門の外へと押し出そうとする智子。だが門よりも先に出られない信子。

智子　「ちょっと何しているのよ。さっさと出て行きなさいよ」

信子　「奥さん、さっきも試したんですけれども、これ以上出られないんですよ」

智子　「そんなことないでしょう、出なさいよ」

信子　「本当なんですよ。お盆だからなのか、これ以上はいけないんですって」

智子　「まだそんな事を言っているの」

　押し続ける智子。パントマイムのような体制で壁に張り付くような状態の信子

一七、縁側

　譲二、京介が座っている後方に近づく恭子。

恭子　「お義父さん。先にお風呂いただきました」

譲二　「ああ。

そう言えば今日の夕食は寿司を頼んであるから、もう少ししたらビールでも飲んで待ってよう」

京介　「お盆でも出前してくれるのか」

譲二　「最近はな。商売をしているところはお盆はかき入れ、昔のようにみんな休んでいることはなくなったよ」

京介　「そうなのか、何だか昔みたいに、どこに行っても休みなんて時代じゃないのか」

恭子　「そうね、盆暮れ正月何て関係なくなっている所も多いからね」

譲二　「まあいいじゃないか、俺達はその恩恵を受けて、商売をやっている人たちはそれで儲ければいい」

京介　「おやじもそんな事をいう歳になったんだな」

譲二　「なんだそれは」

京介　「みんなが休む時は休む。あくせくする必要なんかない。計画をしてやれば不自由なんかはないって、昔言ってたじゃないか」

譲二　「店が休んでいたらそう思うさ。でもやっているんだから…しかもお前だけなら俺が作った料理で充分だが、今日は恭子さんがいるんだからな。そんな簡単で済ますことはできないだろう」

恭子　「そんなお義父さん、気を使わないでください」

譲二　「いや、こんな京介の嫁になってくれたんだから、それなりのもてなしはさせてもらうよ」

　譲二は笑顔で返す。

一八、門

　未だに信子を押し出そうと頑張る智子

信子　「本当に奥さん、これ以上行けないんですって」

智子　「そんなことないでしょう」

信子　「じゃあ奥さん、試してみてくださいよ。多分奥さんだって出られないですよ」

智子　「そうやって言い逃れするつもりね」

信子　「言い逃れなんてしないですよ。浮気がバレた時だってそんな事しなかったじゃないですか。すぐに別れて渋川から出て行ったんですから」

智子　「あなた、すぐに渋川から出て、どこに行ったの」

信子　「とりあえず仕事を探して東京に出ましたよ」

智子　「だからあの後お父さんは、休みの時には京介の相手をしてくれたのか」

　思い出すように力を抜き、信子から手を話す智子。

一九・回想・会社

　自席で弁当を広げる信子。

譲二　「信子ちゃんはいつも弁当かい。いいなぁ、お母さんでも作ってくれているのかい」

　食堂へ向かう譲二が信子を見て話しかける。

信子　「私は一人暮らしですから、弁当は自分で作っています」

譲二　「そうなのか、若いのに感心だねぇ」

信子　「節約をしないと貯金もできないですから」

譲二　「そうなのかい、貯金して何かやりたい事でもあるのかい」

信子　「得にはないですけど、やっぱり何かあった時のために貯金しておいたほうがいいかと思いまして」

譲二　「そうか、俺なんかは妻に任せっきりで家にどれだけ貯金があるかなんてわかりゃあしないからな」

　またある時

譲二　「相変わらず美味そうな弁当だね」

信子　「そうですか、適当に作っているんですが」

譲二　「唐揚げなんて、ウマそうじゃないか」

信子　「食べてみますか」

譲二　「いいのかい、そんな事をしたら信子ちゃんの分が無くなっちゃうじゃないか」

信子　「一つくらい平気ですよ」

譲二　「そうかい、じゃあ一個いただくかな」

　弁当箱を譲二の前に持ち上げる信子。そこから手掴みで唐揚げを取り、口に運ぶ譲二

譲二　「おお、適当じゃないじゃないか、美味しいよ、ありがとう」

　笑顔でお礼を言う譲二。照れる信子。

二〇、回想・喫茶店

　入り口を入ってくる譲二。キョロキョロと店内を見渡す。信子を発見して近づく。

譲二　「ごめん、待たせたね」

信子　「そんなには待っていないですよ」

　座ってから時計を見る譲二

譲二　「でも五分過ぎてる」

信子　「それにしても日曜日にいいんですか、私なんかと会っていて…、お子さんだって生まれたばかりなんですよね」

譲二　「ああ一歳だよ。今日は友達と遊んでくるって言ってあるから平気だよ。

　　　　それに前に食事でも奢るって約束していたからね」

信子　「唐揚げのお礼なんて言っていましたけど、別にそんなのはいいですから」

　店員が話を切るようにやってくる

店員　「いらっしゃいませ」

譲二　「あっ、アイスティーでももらおうかな」

店員　「かしこまりました」

　離れていく店員。

譲二　「まあたまには外に出たときもあるんだよ」

信子　「そんな、お子さんもいるのに」

　苦笑する信子

譲二　「まあいいじゃないか」

二一、回想・居酒屋

　二人で向かい合って席についている譲二と信子。ビールと数点の料理が机にのっている。

信子　「八神さん、家庭がありながらいいんですか、仕事帰りに」

譲二　「本当は良くないのはわかってるんさ。でも最近嫁がきつくてね」

信子　「育児が大変だからじゃないですか、ちゃんと子育ては手伝っているんですか」

　ビールを飲んでから煙草に火をつける。

譲二　「手伝ってはいるんだけど、嫁のやり方と違うからって、本当に自分が何かをやるとき以外は俺に子供を預けないんだよ」

信子　「じゃあそんなに育児に参加できていないんですか」

譲二　「そう、最初のうちは風呂には俺が入れていたんだけど、そのうち私がやるなんて言って、だからこんな時間に帰っても、嫁は俺の相手もしないし、疲れているからってすぐに子供と一緒に寝ちゃうしな」

信子　「それだけ子育ては大変だって事なんじゃないんですか」

譲二　「だけど手伝うって言ってもやらせてくれないんだから」

信子　「かわいがるだけだからじゃないですか」

譲二　「それはあるだろうけど、帰っても嫁も最近は冷たいからな…」

　煙草を空へと吐き出す譲二

二二、回想・日曜日・ホテル

　ベッドの上で裸のまま寝転がっている二人

信子　「譲二さん、日曜なのにいいんですか」

譲二　「着いてきておいて何を言うんだよ」

信子　「確かにそうですけど」

　少しだけ顔を布団に隠す信子

譲二　「日曜日は家にいられると邪魔なときもあるみたいで、苛々している嫁を見るのが嫌なんだよ」

信子　「だからって…」

譲二　「だからって、こんなことをしてちゃいけないってか」

信子　「いや私が言っても説得力はないと思うけど」

　ひょっこりと顔を出す。

譲二　「確かにな、でも最近嫁の顔を見るのが嫌になる時があるんさ」

　煙草を消して寝転がる譲二。その姿を見る信子。

信子　「奥さんも、譲二さんも、お子さんも何だかかわいそう」

　そう言って唇を重ねる。思わずその頭の後ろに手を回す譲二。

二三、回想・会社

　従業員が社内を見渡し、信子の存在に気付き近寄る。

従業員「信子ちゃん、ちょっと」

信子　「どうしたんですか」

従業員「ちょっといい」

　信子の手を引いて部屋を出る従業員

二四、回想・女子トイレ

　従業員に引っ張られて入ってくる信子

信子　「どうしたんですか、いったい」

従業員「今、外に八神さんの奥さんが来ていて、柏原を出せって怒鳴ってきたのよ」

信子　「八神さんの奥さんが…」

従業員「信子ちゃん、何かやったん」

信子　「いえ…」

従業員「どうするの、もしも行かなかったら乗り込んで来そうな形相だったけど」

信子　「わかりました、行ってきます」

　落ち込んだ表情でトイレを出て行く信子

二五、回想・会社の外

　扉を出て現れる信子…正面にいる智子へと近づいていく。智子は怒った表情で待ち構えている。

信子　「あの、柏原ですけど」

　その言葉を聞いて眼を見開いて思い切り頬を張る智子。叩かれて顔を抑える信子

智子　「あなた何で叩かれたかわかるわよね」

　黙っている信子

智子　「ねえ、わかってるん」

信子　「はっ、はい」

　気圧されるように小さく答える信子

智子　「貴方が一方的に悪いとは思わないけど、主人を弄ばれて黙っていると思うん」

信子　「弄ぶだなんて」

智子　「いい、今後一切、うちの主人に近づかないで」

信子　「でも」

智子　「でもも何もないわよ。今度近づいたらただじゃ済まさないからね」

信子　「…」

　きつい眼で睨みつける智子。下を向く信子。

二六、実家・門

信子　「今だから言いますけど、譲二さん…いえ八神さん、あの頃は育児で奥さんがきつく当たるときがあるから、家にあまりいたくないって…」

智子　「そうだったんだ。私もはじめての子育てで、苛々することが多かったから…」

　二人とも消沈するように言う。

信子　「そんな時に、たまによく会うようになって…本当にすみません」

　頭を下げる信子を見てため息をつく智子

智子　「そうだったのね。それであなたと別れた後、日曜日に家にいるようになったのね」

信子　「本当にすみません」

　再び頭を下げる信子。

智子　「う〜ん、今死んでからあなたに会っても、多少釈然としない部分はあるけど…でももう仕方がないか…」

信子　「本当にすみません」

　仕方がないという表情を見せる信子

智子　「それにしても、あなたここから出られないって言ったわよね」

信子　「はい、ここが八神さんの家だってわかって出ようとしたのですが、墓からついてきたからなのか、遠くにいけないみたいで…」

　信じられないような表情を浮かべる智子。

智子　「じゃあ私が試してみるわよ」

　門の外へと向かおうとする智子。歩いていくが、先ほどの信子どうように、見えない壁にぶつかる。

智子　「あれ、本当に行けないの」

　再度試す智子。だが再びぶち当たる。

智子　「本当だ、普段墓の回りにしか行けないのと同じ感じだ」

信子　「お盆だから、あの世から墓に来た時と同じようにその周辺しか行けないのでしょうか」

智子　「確かに、誰かが墓参りに来たときだけ、あの世から墓のそばにはいけるけど、お寺からは出られない。あの感覚と同じだ」

信子　「もしかするとお盆で、この家に帰ってきたという感じで、そこからは出られないのでしょうか」

智子　「そうかもしれない。っていうことは、あなたはここに居る以外ないん」

信子　「家に憑いていない私は娘たちが動けば動けると思うのですが、多分それ以外の場所には行けないと思います」

智子　「確かに、お盆の時に他に行こうなんて今まで思わなかったから試したこともなかったけど…」

　悩むような表情の智子。申し訳なさそうにする信子。

智子　「でもあなたここに来てお父さん、じゃなくて主人の顔は見たの」

信子　「はい、車が着いたときにまだ二人が駐車場にいたので門の外まで出られたので、そこで表札を見て、八神さんだとわかりました。

　その時の話しで奥様が帰られているというので、家に中に入ることはしないほうがいいと思って車の中にいたんですよ」

智子　「そうなの、う〜ん。昔のことだけどやっぱりあなたに家の中に入ってもらいたくはないわね」

信子　「はい、車の中でおとなしくしていますので…」

智子　「わかったわ、じゃあそこでおとなしくしていて頂戴」

信子　「はい、奥さんすみません」

智子　「仕方がないわね」

　信子に背を向けて家に向かう智子。その背中に頭を下げる信子。　

二七、居間・夕食

　三人が机を囲んでいる。寿司と天婦羅、譲二が漬けたお新香、それにビールがある。

譲二　「恭子さんは、寿司ネタは何が好きなのかな」

恭子　「そうですね、鯛やマグロは好きですね」

譲二　「そうなんかい、じゃあ京介とはあまり好きな物はかぶらないのかな」

恭子　「はい、だから寿司を食べに行くときには一人前を分けてから、好きな物を食べる感じですね」

譲二　「それはいいなぁ、うちは俺と母さんの好きなネタが似ていたから、そんなにうまくはいかなかったなぁ」

京介　「おやじとお袋が同じネタが好きだったなんて知らなかったな」

譲二　「京介を連れてあまり寿司屋に行った記憶がないからな。行ったとしてもほとんどはちらしだったからな」

京介　「思い出した。寿司を食べに行って好きな物を食べていいぞとか言いながら、最初にちらしを食わされるんだ」

恭子　「そんなにちらしが好きだったの」

譲二　「そうじゃないんだ、京介は小さい頃に体操教室に通っていていっぱい食べるから、母さんと話して、まずはちらしを食べさせないと金がなくなるからっていうことになったんだよ」

恭子　「そうなんだ」

京介　「そうだよ、俺は子供の頃、寿司屋は最初はちらしを食べるのが当たり前だと思っていたんだ」

譲二　「いっぱい食べられて良かっただろう」

京介　「そういう問題じゃないだろう」

　ビールを一気に飲み干す。

智子　「そうそう、だって普通に食べたら京介なんて幾ら食べるかわからないんだから…」

恭子　「そんな事があったのですね。それでお義父さんは何が好きなのですか」

譲二　「ヒラメや鯛、ハマチなんかも好きだな…そういえば一時母さんは貝が好きだった時があったような気がしたけど…」

　首をかしげ記憶を辿る譲二。

智子　「私が貝を好き…そんな事なかったけれど…お父さんぼけてきているの」

　不思議そうに見る智子

恭子　「そういえばうちの母は貝が好きでした。子供の頃に寿司屋に行った記憶はそれほどないけれど、マグロはほとんど私にくれたっけなぁ」

智子　「もしかしてお父さん…私と柏原の事を間違えて覚えているとか…」

　気になって思わず外を見る智子

二八、実家・駐車場

　車の上に乗り空を見上げる信子

信子　「綺麗な月だなぁ。渋川の空ってこんなに綺麗だったかしら…。東京でこんなに星が出ている記憶もないし、やっぱり違うのね」

　家から出てきた智子が近寄ってくる。

智子　「ねえ柏原」

　後ろから声をかけられて硬直する信子。振り返り智子の姿を確認する。

信子　「はい、何ですか奥さん」

　車の上に乗ってくる智子。一瞬間を空ける信子

智子　「ねえあなたが好きな寿司ネタってなに」

伸子　「どうしたんですか急に」

智子　「みんなが家の中で寿司を食べているからちょっと聞いてみただけ」

伸子　「そういえば先ほど出前が来ていましたね…寿司ネタですか、赤貝とかミル貝とか、貝は好きでしたけれども」

智子　「やっぱりそうなのね」

　怒る表情を見せる智子

伸子　「だっ、駄目ですか」

智子　「駄目じゃないけど、今家の中で話をしていてお父さんが、私が一時貝を好きだったなんて話をしていた」

伸子　「奥さんも貝が好きなのですか」

智子　「違うわよ、私が好きなのはヒラメ、ハマチ…」

伸子　「じゃあ何で八神さんは奥さんの好きな物を間違えたんですか。もしかしたらボケてきているとか…」

智子　「そんな訳ないでしょう。お父さんはまだ五五歳なんだから…」

伸子　「じゃあ何ででしょうね」

　キッときつい視線を伸子に向ける智子

智子　「あなたお父さんと付き合っていたときに寿司を食べに行ったことは」

　思い出すように考える伸子

伸子　「そうですね、２回か３回くらいはあったかもしれません」

　ため息をつく智子。その様子を見てハッとする伸子

智子　「多分、あなたと行った時の記憶と混同しているのよ。だから私の趣味が一時変わったなんて話を…」

伸子　「そうでしたか、すみません」

智子　「あなたが謝っても仕方がないでしょう。間違えているのはお父さんなんだから」

伸子　「はい、でもすみません」

智子　「まあ、もう謝らなくてもいいわ。何だか少し惨めになる」

伸子　「すみません」

智子　「また謝る」

　強い口調で言って、空を見上げる。

智子　「それにしても綺麗な空ね。あの世じゃ昼も夜もないから夜空を見ることもないしね」

伸子　「そうですね、やっぱり現世は色々なものがあっていいですね」

　無言で空を見上げる智子と伸子

二九、実家・京介の部屋

　布団を引いている京介と恭子

恭子　「ちょっと食べ過ぎたかも」

京介　「おやじが随分と奮発していたからな」

恭子　「こんなに甘えちゃっていいのかな」

京介　「いいんだよ、おやじからしたら娘ができたようなものなんだから」

恭子　「そう思ってもらえているなら嬉しいな」

京介　「そうか、あんなおやじだぞ」

恭子　「いいのよ、だって私はお父さんがいなかったから…、もしもお義父がそう思ってくれていたら心から嬉しいよ」

京介　「そっか、まあ義理とはいえ父親だからな。そう思ってくれるなら俺もありだと思うよ」

恭子　「そう、だから京介さんと喧嘩したらここにに帰るからね」

京介　「おやじがそっちの味方につくのも面倒だな」

　顔を見合わせて笑いあう二人。

三〇、実家・居間

　仏壇の前に座る譲二。手元には日本酒と杯がある。

譲二　「母さん、京介があんなにいいお嫁さんと一緒になってくれて…。そこに母さんがいてくれたら本当は良かったのに…」

　酒を注ぎ、煽る譲二

智子　「そうね、この場にいられたら良かったんだけど、って今は一応いるのか…」

　不思議な表情をする智子

譲二　「それに恭子ちゃんは何だか他人に思えないんさ。親近感っていうのかな。義理の娘なのにそう思えるのは嬉しいんさ」

　日本酒を飲んで笑う。

智子　「そうよね、あなたが浮気していた相手の子供だからね。何だか複雑だわ」

三一、実家・居間

　朝日が差し込んでいる。ひょっこりと顔を出す恭子

恭子　「お義父さん、おはようございます」

　返事がない。キョロキョロと見渡す恭子

恭子　「まだ起きてきていないのかしら」

　台所へと歩く恭子

　周りを見渡しながら食器棚の中からグラスを取り出す。冷蔵庫を明け、麦茶を注ぐ。

　口に含むようにして飲む。

　居間に入ってくる京介

京介　「あれ恭子、おやじは」

恭子　「見てないけど、まだ寝ているんじゃない」

京介　「そっか」

恭子　「京介さんも飲む」

京介　「いや、いいや」

　居間を出て行く京介

三二、実家・譲二の寝室

京介　「おやじ、起きてるか」

　言いながらドアを開ける京介

　布団が片付けられている部屋

京介　「朝からどこに行ってんだ」　

智子　「お父さんなら出かけたわよ。多分西村さんのところね」

　行動は読めているというドヤ顔の智子

三三、道　

　原動機付自転車の後ろに小さなダンボールを積んで走る譲二

三四、実家・駐車場

　原動機付自転車が入ってくる

伸子　「譲二さん、帰ってきたのね」

　ヘルメットを脱ぎ、タンボールを手に取る譲二。中身を見る。そこには卵が３個ほど入っている。

信子　「それにしても随分と年を重ねたわね」

　譲二の顔を見る信子。

信子　「まあ私が譲二さんを見るのは２８年くらいぶりだから仕方がないか…」

　妙に納得する信子。

信子　「年相応の見た目ね、でもやっぱり面影はあるなぁ」

　昔を懐かしむ信子。

信子　「それにしても卵って、朝ごはんにするのかしら…息子夫婦が来ているのに卵かけご飯はないわよね」

　心配そうに見つめる信子。

智子　「あなた莫迦なの」

　いきなり声をかけられてビックリする信子。

信子　「奥さん、おはようございます」

智子　「おはよう」

信子　「それにしても卵ですよ」

智子　「卵が何か」

信子　「だって譲…八神さん料理できないですよね」

　ため息を漏らす智子

智子　「だからあなたは莫迦だって」

信子　「何でですか」

智子　「あなたはお父さんと浮気をしていたのは一時でしょう」

信子　「そうですね、１年半くらいですかね」

智子　「そう、結局浮気は一時なの…今となっては遠い過去の思い出かもしれないけれども、私とお父さんはその後も一緒に生活をしているんよ。

　夫婦はね、浮気とは違って、一瞬の思い出じゃなく、同じ時を過ごすっていう長い二人だけの経験を積んでいるの」

信子　「確かに、私にはない経験がありますね」

智子　「そう、長くやってはじめてわかるものもあるの。

　あなたが知っているお父さんは、料理もできない男、でもね京介が大学に入って夫婦２人になって、時間を持てるようになった時に、お父さんが言ってくれたんよ」

信子　「何をですか」

智子　「これから夫婦２人でやっていかなきゃならない。もしかしたらお前が先に寝たきりになるかもしれない。だから何かの時のために料理くらい教えて欲しいって」

信子　「あの八神さんがですか」

智子　「そう、嬉しかったわ。浮気相手のあなたにはできない経験でしょう」

　勝ち誇った顔の智子

信子　「確かに、私にはできませんでしたね」

智子　「一時の気の迷いであっても、その後埋め合わせることはできる。私とお父さんはそうやって生活をしてきたの」

信子　「そうでしたか」

三五、居間　

　部屋の中へと入ってきた譲二

京介　「おやじ、朝からどこに行っていたんだよ」

譲二　「西村さんのところだよ」

京介　「西村さんって、ちょっと先で養鶏所をやっている西村さんかい」

譲二　「そうだよ。卵をもらってきた、今朝産みたての新鮮な卵だよ」

　恭子を見て自慢気に言う。

恭子　「産みたてなんですね。東京じゃまずお目にかかれないですね」

譲二　「そう、目玉焼きでもこの卵でやるとうまいんだ」

京介　「俺が家にいた頃は目玉焼きなんてできなかったくせに」

譲二　「色々母さんに教えてもらったんだよ。生きていたら一緒に朝飯を作ったりできたのになぁ」

恭子　「お義父さん、私も手伝います」

譲二　「いや、恭子さんは客なんだから」

恭子　「やめてください。客扱いは昨日までで充分です。私はお義父さんの娘なんですから、一緒に朝食作り、やらせていただきますよ」

譲二　「そうやって言ってくれると嬉しいなぁ。本当の娘ができたみたいだ。もしも京介と喧嘩した時は、ここにくるといい」

恭子　「はい、そうさせていただきます」

　言ってから京介を見る恭子。京介は笑いを返して頷く。

三六、台所

譲二　「恭子さん、お新香を切ったらご飯をよそっておいてくれ」

恭子　「わかりました」

　フライパンを見ながら言う譲二。お新香を切っている恭子

智子　「ほら見てご覧なさい。ちゃんと料理しているでしょう」

伸子　「はい、目玉焼きでも八神さんが作っているとビックリしますね」

智子　「朝食だからでしょう。他にも色々と料理はやってくれたわよ」

伸子　「他にも作るんですか」

智子　「そう、生姜焼きなんかは美味しかったわよ。男が料理をできない理由は、母親が甘やかすからでしょう。そんな莫迦な母親がいるから男はマザコンなんて言われるのよ。

　しっかり教えておけば何でも自分でやるようになるんだから」

伸子　「そんなものですか」

智子　「そうよ、今は女の子にだって何も教えない母親がいるくらいだからね。友達関係なんていう母親がいるけど、そんなのは親子関係に怖がっているだけだからでしょ」

伸子　「そうですね。私は仕事をしながら一人で恭子を育てたので、小さい頃から恭子は家の事をやってくれていました」

智子　「それは素晴らしいわね。

　　　　それにしてもあなた、いつの間に家に上がっているの」

伸子　「さっき奥さんが、八神さんが料理くらいできるから付いてきなさいって」

智子　「あっそうだった」

三七、居間

　机の上に箸などを並べる京介。

譲二　「お待たせ」

　恭子と共に料理を運んでくる譲二。

　座って食事をする三人

京介　「おやじ、今日は何か用事はあるのか」

譲二　「夏休みだし、お前たちがくるっていうから何も考えていないんさ」

恭子　「前に来た時に水沢観音に寄ったんです。この後みんなで行きませんか」

譲二　「ああ、いいよ。ただそれなら昼時にしよう」

恭子　「お昼ですか」

京介　「もしかして清水屋か」

　思い出したかのように言う。

譲二　「そうだ。あそこのうどんはお前も好きだったろう」

京介　「それはいい」

恭子　「清水屋って」

京介　「水沢うどんだよ。前回は食事した後だったから寄らなかったけど」

恭子　「へえ、そうなんだ。楽しみだなぁ。でも朝食を食べたばっかりだから、早く小腹が空くようにしないとね」

譲二　「後で軽く散歩でもしてきたらいい」

京介　「そうだな、のどかな道でも歩いてくるか」

三八、地元の小学校

　校庭に入り込む京介と恭子

京介　「ここだ、俺が出た学校は」

恭子　「校庭が広いわね」

京介　「だろう、都内の学校とは大違いだよ。地方の土地がある所はどこもそうかもしれないな」

恭子　「だったら尚更、子供ができたら田舎暮らしもいいんじゃない」

京介　「でも学校まで歩いて３０分以上はかかるぞ。子供の足ならもっとかもしれない」

恭子　「いいんじゃない。子供のうちから身体も鍛えられて」

京介　「確かにそうかもしれないけど、不便なところもいっぱいあるぞ」

恭子　「逆に都会は便利すぎるのよ。そんな都会を知らなければ別にこれが当たり前でしょう」

京介　「確かにな、俺も子供の頃は何も感じていなかったからな」

恭子　「そうでしょう。空気も綺麗、夜空も綺麗…言うことないじゃない」

京介　「でも俺の仕事はこっちじゃできないからなぁ」

恭子　「まあ、その時になったら考えればいいじゃない。お義父さんも一人暮らしなんだから、一緒に住んでもいいんじゃない」

京介　「たまに来て会うだけだからそう思うんだよ。一緒に住んだらどう思うかわからないぞ」

恭子　「まあその時はその時ね」

　青空を見上げる。

三九、実家・駐車所

信子　「それにしても２人はどこに行ったのでしょう」

智子　「さあ、その辺でも歩いてきているんじゃない」

　車により掛かるように言う智子

信子　「奥さんは気にならないのですか」

智子　「やめときなさい、子供たちの私生活を干渉するのは」

信子　「そんな干渉なんて思っていないですけれども、行くなら私も行きたかったなぁなんて…」

智子　「仕方がないでしょう、私もあなたもこの家の敷地から出られないんだから」

信子　「そうですね」

　ふと門へと近づく信子。覗くように門の外を見る。その勢いで思わず道へと出る。それを見て驚く智子

智子　「ちょっとあなた、門から出ているわよ」

　同じように道へと出ようとする智子。だがやはり壁のような物にはじかれてしまう。

信子　「確かに出られます。なんででしょう」

　考える伸子

智子　「もしかしたら、あなたはこの家に帰ってきたというよりも京介たちについてきただけだから、あの子たちが家から出たことによって、ここに縛られなくなったとか…」

伸子　「そうなのですかね。確かに奥さんと違ってここの仏壇に帰ってきたわけではないですから…」

智子　「じゃあしばらくの間は家に入らなくて済むわよね。ちょっと表にでもいてくれない」

信子　「車の中くらいいいじゃないですか」智子　「まあ、それくらいはいいか…でも家の中には入らないでね」

信子　「判っていますよ」

四〇、縁側

　扇風機の風にあたりながら煙草を吸う譲二

譲二　「母さん、恭子さんが娘って言ってくれたよ。うちは京介が産まれた後に子供ができなかったからなぁ。今更ながら娘ができて嬉しいよ」

智子　「確かにね、二人目はできなかったわね」

譲二　「今だからいうけど、二人目は欲しかったけど、出来る怖さもあったんだよな」

　遠くを見つめる譲二

譲二　「京介が産まれて、育児に追われるようになった母さんは、ちょっと怖かったからな。家に帰ることが嫌になる時もあったなぁ」

智子　「私ってそんな事あったかしら」

譲二　「会社で愚痴なんか言えないし、かと言って家に落ち着くところもなくて…そういえばそんな時に浮気しちまったんだな」

　懺悔をするような表情を浮かべる。それを見守る智子

譲二　「母さんにも悪いことをしたし、浮気相手だった信子にも悪いことをした…」

　煙草を灰皿に押して消す。

譲二　「ちょっとしたきっかけだったけど、あれがあったからこそ、あの後、母さんとうまくやっていけたのかもな」

智子　「やだ、浮気をしたからうまく行ったなんて」

譲二　「浮気がわかってから母さんは京介ばかりに向かっていた愛情を、もう一度俺にも向けてくれるようになったんだよな」

智子　「そうだったかしら」

譲二　「だから俺も、もう一度母さんとやっていこうって…」

　言ってから何かを思い出すようにハッとする譲二

　思わず居間に上がる。

四一、居間・仏壇の前

　線香を立てる譲二

譲二　「お母さん、お盆で帰ってきている時に、昔の浮気を思い出してしまうなんて、申し訳ない」

　手を合わせる

譲二　「それにしても、俺ももう少しで定年だ。そしたら母さん孝行ができると思っていたのになぁ」

智子　「そんな事を考えてくれていたの。そう思っているなら早死なんかするんじゃなかったわね」

四二、回想・夜道

智子　「ちょっと多恵さんの家で話をしていたら遅くなっちゃったわね。早く帰って食事の仕度をしないと」

　自転車を走らせる智子

　信号がある十字路。智子の走っているほうは青、交差する信号は赤。

　一台の車が赤信号に差し掛かる時、智子が通り抜けようとする。

助手席「お父さん、赤ですよ」

運転席「ああ、わかっている」

　老夫婦が乗っている。止まろうとブレーキを踏もうとするが、アクセルと間違える。思い切り加速する車。

　その車の存在に気付き、驚く智子。

四三、実家・玄関

京介　「ただいま」

恭子　「ただいま帰りました」

四四、居間

　二人の声を聞いて仏壇の前から立ち上がる譲二。居間に入ってくる二人

譲二　「どこまで行っていたん」

恭子　「京介さんの通っていた小学校を見てきました」

譲二　「結構な距離を歩いたね」

恭子　「はい、大分お腹も落ち着きました」

京介　「久しぶりに歩くと結構あるね」

譲二　「そうだな、子供の頃は元気だから、なんだかんだと歩けるんだろうな」

京介　「どうする、そろそろゆっくり行くかい」

譲二　「そうだな、観音さんを拝んでいる間に腹も空いてくるだろう」

智子　「水沢観音かぁ、私も一緒に行きたいなぁ。でもここの仏壇に支配されているみたいだから離れることはできないみたいだし…柏原はどうするのかしら」

　外へと向かう智子

四五、駐車場

　変わらず車の中にいる信子。その車に入り込む智子。

信子　「奥さん、びっくりさせないでくださいよ」

　驚くように言う。

信子　「これから三人で水沢観音ですって、あなたはどうするの」

信子　「どうするって、何をですか」

智子　「一緒に行くん」

信子　「一緒にって言われても」

智子　「どうするのよ」

信子　「でも奥さんはここから出られないから、私が行ったら一人で留守番になっちゃうじゃないですか」

智子　「留守番もないもないでしょうけど」

信子　「それに京介さんたちと共にするのはいいですけど、奥さんは八神さんと一緒に私が行動するのは、嫌ですよね」

智子　「それほど嫌という感じではないけど」

信子　「う〜ん」

四六、居間

譲二　「じゃあ行ってみるか」

　帽子をかぶりながらいう。

京介　「うちの車でいいだろう」

譲二　「まあお前の車が出ないと俺の車は出られないからな。そっちの車でいいよ」

恭子　「私が運転しようか」

　鞄から鍵を出して言う。

京介　「いや、慣れている俺が運転するよ」

　ポケットから鍵を出す。

恭子　「じゃあお願いしようかな」

　鞄に鍵をしまう。

四七、玄関

　三人が靴を履いて出る。

京介　「おやじ、鍵は」

譲二　「別に大丈夫だろう」

京介　「でも危ないぞ」

譲二　「いや、ちょっとなら平気だろう」

京介　「昔じゃないんだから」

譲二　「大丈夫、近所の眼もあるだろうから」

四八、駐車場

智子　「どうするの、行くの、行かないの」

　伸子につめよる

伸子　「やっぱり残りますよ」

智子　「そう、わかったわ【それにしても行かれるのも複雑だし、残られるのも複雑ね】」

　三人が出てきて車に乗り込む。運転席に京介、助手席に恭子、後部座席に譲二

恭子　「やっぱり車の中は暑いわね」

譲二　「最近の日本の夏はどこに行っても暑いだろう」

京介　「車の中は尚更だよ」

譲二　「まあエアコンをつければすぐ冷えるだろう」

京介　「まあそうだけど、とりあえず行くか」

　車を発射させる

四九、道・車の中

譲二　「京介、道は覚えているのか」

京介　「何となくはね、カーナビがあるからどっちにせよ平気だよ」

譲二　「そうか、まあ間違えたら俺がナビしてやろう」

京介　「よろしく」

恭子　「それにしてもあまり人は歩いていないのね」

譲二　「この辺りはね。ただ水沢は混んでるかもしれないぞ」

京介　「そうかもな。そう考えると清水屋も混んでいるかな」

譲二　「あそこは混んでいるだろう」

恭子　「そんなに有名なのですね」

譲二　「確かに有名だね。昭和天皇も確か寄ったとか言っていたかな」

恭子　「そうなのですか、なんだか楽しみだなぁ」

五〇、水沢観音

　杜の中を歩く三人

譲二　「結構人はいるな」

恭子　「そうですね、なんだかんだと人はいますね」

京介　「まあ駐車場にすぐ入れただけいいんじゃないか」

　恭子が少しだけ小走りになる。そして振り返る

恭子　「ねえ、おみじく引かない」

京介　「恭子はそういうの好きだよな」

恭子　「だってこういうところならでは、という感じじゃない」

譲二　「じゃあみんなで引こうじゃないか」

京介　「おやじがそこで乗り気になるかな」

譲二　「恭子さんが引きたいって言っているんだからいいじゃないか」

　歩きだし恭子に近づく。

京介　「まあいいか」

　続くように歩く。

　引いたおみじくを見る三人

恭子　「みんな吉ですね」

京介　「まあこんな物だろう」

恭子　「それにしても三人とも家のところに【除霊せず】だって、何だか変なの」

譲二　「はは、良い霊でもついているってことなのじゃないか」

京介　「そんな莫迦らしい、こんなおみくじあるかよ」

譲二　「まあ、お盆でお母さんも帰ってきているからな。除霊なんて以ての外だろう」

　笑い合う三人

五一、実家・駐車場

智子　「それにしても、年々日本は暑くなっているみたいね」

信子　「そうなのですか、幽霊は気温を感じないですからね…それなのに奥さんなんでそんな事を知っているのですか」

智子　「昨日、家の中でお父さんがテレビを見ていた時に、ニュースでそんな事を言っていたわよ」

信子　「そうなのですか、そういえば奥さんんは大地震の時はまだ生きていられたんですよね」

智子　「生きていたわよ、あの時はこの辺りはそれほど大変ではなかったけれども、東京は大変だったんでしょう」

信子　「そうですね、うちはそれほどではなかったですけど、会社の人はエレベーターが動かないから、家に帰るのが大変だって言っていましたね」

智子　「エレベーターって、それでも５階とかまでなら何とかなるでしょう」

信子　「いえ、その人は２２階だったと思います。水も電動だから出ないときがしばらく続いたみたいでした」

智子　「都会って大変なんね」

　そんな時に敷地に入ってきた猫が二人の前で立ち止まる。

智子　「猫…私たちに気がついているのかしら」

信子　「まさか奥さん、私たちは幽霊ですよ。そんな事はないでしょう」

智子　「そうかしら」

　思わず手を差し伸べる智子。近づいてくる猫。智子の手の中に入ってくる猫

信子　「おかしいですね、猫が懐くなんて」

智子　「何を言っているの、私は元々動物にも好かれるんだから」

信子　「そうじゃなくて、私たち幽霊に懐くなんて」

　首を捻る智子

智子　「確かに、化け猫かしら」

信子　「そんな事はないと思いますが…」

　門の外に人影があることに気がつく信子

　何となくその辺りを歩いているような人に見えるが、数回門の前を、家の中を見るようにしながら行ったりきたりする。

信子　「奥さん、あの人見たことありますか」

智子　「いや、見たことはない人ね。私が死んだ後に引っ越してきた人かしら…」

信子　「それにしてもこっちを気にしていますよ」

智子　「確かに変ね」

　男は門を抜け、玄関へと歩く。呼び鈴を鳴らすと、すぐに門の外へと逃げるようにして、玄関を見ている。

信子　「もしかしたら空き巣なんですかね」

智子　「そんな、この時間帯なら人がいると思うでしょう」

信子　「でも行動が怪しいですよ」

　男は玄関に誰も出てこないことを確認すると、再び玄関前に来て、鍵を開けようと小道具のようなものを鍵穴に差しこもうとするが、すぐに開いてしまう。訝しげな表情を見せる。

男　　「なんだよ、閉めてないのか」

　すっと玄関に入る。

信子　「やっぱり空き巣ですよ」

智子　「空き巣って言っても、どうするん。私たちは幽霊だから何もできないじゃない」

信子　「どうしましょう。とりあえず中の様子を見てみませんか」

智子　「そうね」

　智子は猫を手放し、信子と共に家に入る。

五二、居間

　男は仏壇を見つけると、近づき引き出しを開ける。そこに通帳などを見つける。だがカードがないので、印鑑を見つけようとする。

信子　「やっぱり空き巣ですよ」

智子　「そうみたいね。でもどうしたらいいのかな」

　考える二人。引き出しの奥を調べ、印鑑を探す男。印鑑があったので、手に持って立ち上がるが、その後冷蔵庫のあるほうへと移動する。

　洗物の中にあるコップを出し、冷蔵庫から麦茶を出し、思わず飲む男。

信子　「喉でも渇いていたのでしょうか」

智子　「随分と余裕のある空き巣ね」

信子　「慣れているんじゃないですか」

智子　「そうみたいね」　

　言ってから気がついたように家をでる智子。

追いかける信子

信子　「あっ、奥さん待って」

五三、玄関前

　未だにノンビリと寝転がっている猫。智子の存在に気がつき、再び手の中へ。

信子　「奥さん、どうするのですか」

智子　「ちょっとこの子を使って驚かせてやるわ」

五四、居間

男　「さて、通帳をもらったし、すぐに銀行でも行って下ろすか」

　ふと玄関の方へと向かおうとすると、智子が持った猫に出会う。智子が抱いているせいか、浮いているように男には見える。

男　　「なんだ、何で猫が浮いているんだ」

智子　「ちょっとは驚いているみたいね」

信子　「でもそれだけじゃ」

　智子はにやっと笑い、思わず猫の足をつねる。

猫　　「フギャー」

　思わず泣き声をあげる猫。びっくりする男。

男　　「何だよこの猫は」

　智子は猫を今度は高く掲げる。そこでもう一度猫をつねる。思い切り泣き声をあげる猫。

男は驚いて後ろに一歩下がる。

男　　「何だよ、何なんだよ」

　驚いている男に、智子は猫を投げる。猫も驚き、男にぶつかる。男は驚くようにして手に持っていた通帳と印鑑を手放す。

　再び猫を捕まえる智子。今度は男を追うようにして近づく。

男　　「何だよこの猫は、化け猫かよ」

　再び智子が猫をつねる。その声に驚く男。

男　　「お盆の時期だからって勘弁してくれよ」

急ぐように玄関を飛び出す。

五五、駐車場

　逃げていく男を見送る智子と信子

信子　「奥さん、よくそんな事を思いつきましたね」

智子　「ちょうど良く猫がいたからね」

信子　「そういう問題ですか」

智子　「そういう問題よ」

五六、清水屋・店内

京介　「それほど待たずに席につけたね」

譲二　「そうだな、もっと混んでいるかと思ったけど」

恭子　「いつもはもっと混むのですか」

譲二　「ここは知られている店だからね。でもはぁ、タイミングが良かったんさ。これもおみくじの効果かもしれないさ」

京介　「そんな事あるわけないだろう。第一吉じゃないかよ」

　呆れ顔の京介

店員　「ビールと山菜、お待たせしました」

　グラスを３つと山菜を机においていく店員

京介　「グラスを三つもらっても、俺は運転だから飲めないんだけどな」

恭子　「帰りは私が運転するから飲めばいいじゃない」

譲二　「いいんだよ恭子さん、運転は京介に任せて二人で飲もう」

　ビールを持ちグラスに注ぐ譲二。注いだグラスを恭子へと渡す。思わず京介を見る恭子

京介　「俺が運転するからいいよ。恭子は飲めばいいじゃないか」

譲二　「そうそう、遠慮することじゃない」

恭子　「ありがとうございます」

　そういってグラスを合わせる二人。

　うどんが出てくる。猪口に入っているつけ汁を見る恭子

恭子　「このタレって」

京介　「ここのはゴマダレ、なかなかうまいよ」

恭子　「そうなんだ、楽しみ」

　箸を持ち、うどんを取ってつける恭子。それを気持ちいい音と共にすする。

恭子　「本当だ、美味しい」

京介　「だろう、たまに食べたくなるんだよな」

恭子　「確かに、たまには食べにこようよ」

譲二　「墓参りついでにくればいい、母さんもよろこぶだろうし」

京介　「そんな事言ったら本当に盆暮れ正月に来るようじゃやないか」

恭子　「それもいいんじゃない」

譲二　「ほら、恭子さんはいいって」

京介　「はいはい、じゃあそれはそれで勝手にやってくれ」

　箸を進める京介

譲二　「もともと山の方では鰹出汁なんてなかったから、木の実でそばやうどんを食べることは多かったらしいんさ」

恭子　「そうなのですね。確かに今の流通と違う頃はそうなるかもしれませんね」

京介　「じゃあ田舎ならではってことなのか」

譲二　「さあ、詳しいことはしらないが、何となく耳にしたことがあったんさ」

　ビールを飲む譲二

京介　「まあ、こっちならではの食もあるからな」

恭子　「やっぱり都会よりもこっちの方がいいも」

　笑ってうどんを食べる恭子

五七、実家・屋根の上

　智子と信子が並んで座っている。

智子　「それにしても、あなたと私が同じ歳だったなんてね」

信子　「私も驚きました」

智子　「失礼ね、私の方が年上だと思っていたん」

信子　「はい、だって私が八神さんと浮気をしたのが２４の時ですよ。その時にもう１歳になる京介さんがいらしたのですから」

智子　「そうね、私が妊娠して京介を産んだのが２２の時だから、確かにあの当時としては早かったのかしら」

信子　「だから私よりも当然年齡は上かと思っていました」

智子　「私がお父さんと知り合ったのは２０の時…バイト先のコンビニに一人暮らしのお父さんが良く着ていたんよ」

信子　「それで知り合ったんですか」

智子　「そうなん、一人暮らしにしても良くコンビニ弁当ばかりを買っていく人だなぁって思っていたん」

信子　「料理ができないって言っていましたものね」

智子　「でもある時、私が【コンビニ弁当ばかりで良く飽きないですね】って声をかけたら、君の顔を見にきているんだ、ですって」

信子　「あら、何だかテレビの宣伝みたいですね」

智子　「そうなん、そこから私もお父さんを意識するようになったんさ」

信子　「若かったですね」

智子　「そりゃそうよ、当時は２３歳のお父さんが大人のオトコに見えたんだから」

信子　「確かに２０の時ならそう見えますね。私だって八神さんと浮気した時には、そう思ったんですから」

智子　「私の前で、ずけずけと浮気の事を言えるわね。まあもういいけれど」

信子　「すみません」

　思わず笑う智子、釣られて信子も笑う。

智子　「まあ、もう良いわ。どうせ今何をしたって変わることはないのだから」

信子　「あら奥さん、昨日とは随分かわりますね」

智子　「いいんじゃない。過ぎたことは仕方がない。私たちが生きていない事だって…」

　青空を見上げる智子。

信子　「そうですね、私たちはもう見守ることしかできないのですらね」

　同じく視線を追う信子

五八、車の中

譲二　「そう言えば恭子さんのお母さんの話って聞いたことなかったね」

京介　「簡単には説明しただろう」

譲二　「そりゃあ、結婚の挨拶に来た時に少しだけ聞いたけれど」

恭子　「私の母は、山形生まれで、就職してこの辺りに住んでいたこともあるそうです」

譲二　「そうなんだ、その後は」

恭子　「私を産んだ時にはもう東京に住んでいました。昼と夜と仕事をしながら私を育てるために頑張ってくれました」

譲二　「そうか、いいお母さんだったんだね」

恭子　「そうですね。あそこまでは強くなれないですけど、私も子供ができたら強い母になれればと思っています」

京介　「強くなるのはいいけど、俺への当たりは強くしないでくれよな」

恭子　「さあ、どうかしら」

譲二　「男は外で戦って、家に安らぎを求めて帰ってくる。その時に家に居場所がなくなると男は浮気をする事もあるから、恭子さん気をつけな」

恭子　「はい、うまく泳がせるようにします」

京介　「それにしてもそんな事をよくいうな、経験でもあるのか」

譲二　「あるわけないだろう」

京介　「そうだよな、あれでお袋は怖そうだからな」

　笑う京介、釣られて笑うが引きつる譲二

五九、実家・駐車場

　京介の運転する車が入ってくる。降りてくる三人。

信子　「奥さん帰ってきましたけれど、家の中があのままですよね」

智子　「仕方ないでしょう、私たちには何もできないのだから、まあ今回の事でお父さんが玄関に鍵をかけるようになってくれる事を願うわ」

六〇、居間　

　入ってくる三人。恭子は台所へと足を運ぶ。

京介　「おやじ、こんな所に通帳と印鑑が落ちてるぞ」

　拾って譲二に渡す。

譲二　「出した記憶なんかないんにな」

京介　「ボケでもはじまっているんじゃないのか」

譲二　「莫迦言え、まだ俺は五五だぞ」

京介　「充分有り得る年齡だよ」

譲二　「人を年寄り扱いするな」

　渡された通帳と印鑑を持って仏壇の前に座る。

　ふと開いている引き出しに気がつく。

譲二　「はて」

京介　「どうしたんだよ」

譲二　「仏壇の引き出しが」

　京介が近づく。開いている引き出し。

京介　「やっぱりボケているんじゃないのか」

譲二　「いや、開けた記憶はないんだが…」

　恭子が麦茶を入れたグラスを持ってくる。

恭子　「お義父さん、行く前に麦茶を飲みました」

譲二　「いや、飲んでいないが…」

京介　「どうした」

恭子　「いや、グラスが流しに一つあったから…」

京介　「やっぱりボケだよ」

智子　「何だかお父さんのボケって事で終わっちゃいそうね」

信子　「そんな感じですね」

京介　「もしもボケじゃなかったら、誰か入ったんじゃないか…やっぱり戸締まりはしっかりした方がいいんじゃないか」

譲二　「人が入るにしても、通帳と印鑑をその辺に放り出して、麦茶を飲んで帰ったってか…」

恭子　「でもお義父さん、やっぱり戸締まりはしっかりしたほうがいいですよ」

譲二　「そうか、今度から気をつけるか」

京介　「何で俺がいうと素直に聞かないくせに」

譲二　「息子よりも娘の方が可愛いから仕方がないだろう」

　笑って京介を見る恭子

六一、風呂　

　ゆっくりと湯船につかる譲二

譲二　「さてと、夕食はどうするかな」

智子　「あらお父さん、智子さんが来ているんだから、ちゃんとした物を出してくださいよ」

六二、居間　

　ゆっくりとくつろぐ京介と恭子

恭子　「お義父さん、夕食はどうするつもりかしら」

京介　「さあな、何も考えていないんじゃないか」

恭子　「なんなら私が作ってもいいわよ」

京介　「いいよ、おやじに任せておけって」

恭子　「でも」

京介　「俺たちが何もしないのも、ある意味親孝行ってもんだ」

　居間に入ってくる譲二

譲二　「そうだよ恭子さん、出前でも何でも好きな物を言ってくれればいい」

　座り煙草をくわえる。

京介　「ほらな、恭子は何か食べたいものあるか」

恭子　「特にはないわよ。しかもこの辺りを知らないから出前って言っても…」

京介　「だってよ。おやじ、どうする」

譲二　「どうするか、昨日は寿司で、昼はうどんだったからな」

恭子　「本当にお義父さん、気にしないでください」

譲二　「じゃあ買い物でも行って、家で作るか」

恭子　「それがいいですよ、無理に頼んだりするよりも」

京介　「じゃあみんなで買い物でも行くか」

譲二　「二人がそれでいいならいいけれどな。まあ最悪惣菜でもいいんさ」

六三、スーパー

　買い物カゴをカートに入れて歩く三人

六四、玄関　

京介　「ただいま」

　スーパーの袋を持って帰ってくる三人

六五、居間　

　料理が並べられている。店屋物なども含め作られた料理が数品ある。

恭子　「はい、お待たせしました」

　台所から料理を持った恭子が机につく。

譲二　「豚肉と茄子の味噌炒めか」

恭子　「そうです、京介さんの好きな料理なんですよ」

智子　「私も散々作ったからね」

　自慢げに言う。

譲二　「そうなんかい、俺も味噌炒めは好きだなぁ。たまに作ったりもするよ」

恭子　「お義父さんも好きなのですか」

譲二　「母さんが良く作ったからな」

恭子　「そうなのですか、嫌だ、お母さんの味に勝てるかどうか心配になってきた」

京介　「別に気にしなくていいさ。お袋が居たら何をいうかわからないけど」

譲二　「俺が作るのはお母さん直伝だからな」

恭子　「じゃあお義父さん、判定してくださいね」

譲二　「いや、恭子さんのは恭子さんの味でいいんだよ。ただ次回は俺が作るのを食べてもらいたいね」

恭子　「それじゃあ次回はいただきます」

京介　「まあいいから食べようじゃないか」

　ビールをグラスに注ぐ京介

　食事を片付ける京介と恭子。麦茶を飲む譲二。

　恭子が夏みかんを持ってくる。

恭子　「お義父さんも召し上がりますか」

譲二　「いやもう俺は入らないな」

恭子　「京介さんは」

京介　「俺もいいや」

恭子　「じゃあ私だけね」

京介　「それにしても最近酸っぱい物ばっかり食べてないか」

恭子　「暑いからなのかなぁ、確かに最近果物を多く食べている気がする」

　剥きながら答える恭子

譲二　「おめでたとかじゃないのか」

恭子　「多分違いますよ、つわりみたいなものもないですし」

譲二　「いや京介、ちゃんと調べてもらえ」

京介　「いいよ別に、恭子が気になったら行けばいいんだから」

譲二　「でももしも妊娠していたら…俺にとっては初孫なんだからな」

智子　「お父さん、気にしすぎだって」

信子　「でも私も気にはなりますよ」

智子　「でもプレッシャーをかけないほうがいいって」

信子　「そうですけれども…まあ私たちが気にしてもプレッシャーにはならないでしょう、目の前にいるわけじゃないし…」

智子　「確かにそうだけれどね。でもどんな子供が産まれてくるのか…楽しみではあるわね」

信子　「そうですよ、墓参りに来た時に顔を拝ませてもらいたいですね」

智子　「まあ、私たちは病院で見守るわけじゃないから、気長に待ちましょう」

信子　「そうですね」

六六、寝室

　布団に入る京介と恭子。まだ電気はついている。

京介　「それにしても、本当に妊娠はしてないのか」

恭子　「京介さんが気になるなら一度診てもらうようにしようか」

京介　「いや、まかせるよ」

恭子　「そう、じゃあそのうち行ってくるね」

京介　「ああ、あまり先走らなくていいからな。ほんと、先走るのはおやじだけで充分だよ」

恭子　「でも気にはしているんじゃない」

京介　「子供よりも、責任がない孫の方がかわいいだろうからな」

　笑いあう二人

京介　「じゃあ電気消すぞ」

恭子　「はい、おやすみなさい」

京介　「おやすみ」

六七、屋根の上

信子　「それにしても孫が生まれるのに、私たちは抱くこともできないのですね」

智子　「仕方がないでしょう、死んでいるんだから…。でも本音を言えばこの手で抱きたかったなぁ」

信子　「やっぱりそうじゃないですか」

智子　「嫌ね、現世に未練なんて」

信子　「でもそのくらいの未練ならばいいじゃないですか」

智子　「私は京介しか抱くことはできなかったからね」

信子　「それを言ったら私もそうですよ、恭子だけですから」

　空を見上げる二人。ふと思い出したかのような表情を見せる智子

智子　「そういえば恭子ちゃんを産んだのは東京に行ってすぐなの」

信子　「そうですよ、ある意味子供を産むために東京に行ったようなものですからね」

　信子を睨むように見る智子

智子　「ねえ、ちょっと気になることがあるんだけど」

信子　「何ですか」

智子　「もしかして、恭子さんのお父さんって…」

　言われて思い出したかのように驚く表情を見せる信子

智子　「もしかすると、もしかしてってことはないわよね」

信子　「いや、思いもよりませんでした」

　頭を下げる信子

智子　「あんた、莫迦じゃないの。ちょっと二人を別れさせないと」

信子　「でも、今の私たちじゃどうしようもないんじゃ…」

智子　「確かにそうだけれど…ちょっとどうするのよ」

信子　「八神さんも気がついていないですよね」

智子　「お父さん、何で恭子さんの苗字を聞いたときに気がつかなかったの」

　落胆する智子

信子　「もう私の苗字なんて忘れていたのでしょうか、それとも別の人の…というよりも八神さんは私が妊娠していた事を知らなかったはず…」

智子　「そうか、私がお父さんとあなたを別れさせた時に、お父さんは子供があなたのお腹の中にいたなんて知らなかったのか…」

信子　「そうですね、もしも私の子供だったとわかっても、自分の子供だとは思っていなかったかもしれませんね」

智子　「はぁ、知らぬは本人ばかりなのね、じゃああの２人は、異母兄妹だと知らずに結婚したってことね」

　更にため息をつく。

信子　「何だか因縁めいてますね」

智子　「莫迦莫迦しくなってきたわ」

　空を見上げる智子。

信子　「まあもう私たちは見ていることしかできないですから」

智子　「そうね、まあ生きている人間で好きにやってもらいましょう」

　空を見上げて笑う２人。

六八、居間

　台所に立つ譲二。部屋に入ってきた恭子が近づく。

恭子　「お義父さん、おはようございます」

譲二　「ああ、おはよう」

恭子　「何を作ってらっしゃるのですか」

　のぞきこむ。

譲二　「朝粥だよ、たまにはこういうのもいいだろう」

恭子　「そうですね、あまり私たちは食べませんから」

　譲二は真剣に恭子に向き合う。

譲二　「恭子さん、京介の事、これからもよろしく頼むね」

恭子　「急にどうされたのですか」

譲二　「あいつは俺と同じでお母さんが甘やかしたところもあるだろうから、迷惑をかけるところもあると思うが」

智子　「何を言っているのよ、私は厳しく育てたわよ」

信子　「でも奥さん、やっぱり異性の子供はかわいいでしょうから、知らないうちにそう見えるところもあったのではないですか」

智子　「確かにかわいかったけれども、同性の子供がいなかったから比べることはできないけど」

信子　「知らずしらずのうちに、やっぱり母親は男の子には甘くなるんでしょうね」

智子　「あなたのところは同性だからね。また違った面はあったのでしょうけど」

信子　「でも同性は同性で大変なところもありましたよ」

智子　「まあどちらにせよ、子育てって大変なのよね」

信子　「そうですよ。育児参加の少ない男性にはわからないでしょうが」

恭子　「そんなことないですよ、共働きだから、家事も分担できていますし」

譲二　「そう思ってもらえるならばなによりだよ」

京介　「おはよう」

　居間へと入ってくる。

譲二　「おはよう、ちょうど朝飯の準備ができたから、食べよう」

京介　「そうか、ありがとう」

譲二　「さあ恭子さん、持って行こう」

　粥を食べる三人。

智子　「さて、そろそろ私たちはお暇する時間になるわね」

信子　「そうですね、送り火が焚かれたら私たちは再び黄泉の国ですね」

智子　「黄泉の国って、あなたいつの時代の人」

信子　「ははは…」

智子　「まあ、今回はいい経験ができたお盆だったわ。あなたとこうやって話もできたし」

信子　「私もお話ができて良かったです」

智子　「新しい事実もわかったし、お父さんが死んだら話してあげましょう」

信子　「そうですね」

　笑いあう２人

六九、実家・庭

　送り火の準備が出来上がっている。

譲二　「さあ、お母さんはこの辺りにいるのかな」

智子　「はいはい、ここにいますよ」

恭子　「少しは良い娘だと思えてもらったかしら」

智子　「京介にはもったいない子だということはわかったわよ」

信子　「それは良かったです」

京介　「まあ、また来年のお盆には俺たちも帰ってくるし」

智子　「その前にちゃんと墓参りにも来なさいよ」

信子　「いいですね、お盆に帰る場所があるっていうのは」

智子　「あなた、来年もまたきなさいよ」

信子　「２人が実家に帰る前に墓参りにきてくれたらこられるかもしれませんね」

譲二　「さあ、じゃあ送り火を焚こうか」

　譲二が火をつける。

智子　「さて、もう少ししたら勝手に身体が浮いていくわね」

信子　「そうですね。奥さんともしばしのお別れですね」

智子　「来年、子供ができていたら笑っちゃうかもね」

信子　「そうですね、でも異母兄妹の子供だから気にはなりますけど」

智子　「どんな子でもいいんじゃない。私たちは見守るだけ」

信子　「そうですね」

　手を合わせる三人。

　少しずつ空へと浮かび上がっていく２人

智子　「みんな、生きている間は楽しんでね」

信子　「みんな元気でね」

　どんどんと上がり、やがて消えていく。

京介　「さあ、俺達も帰るとするか」

譲二　「もう行くか」

京介　「ああ、家に帰ってちょっとはノンビリするよ。明日から仕事だしな」

譲二　「そうか、恭子さん、また遊びにおいで」

恭子　「はい、ありがとうございます」

　車に乗り込む２人。

　手を振って見送る譲二。

　ゆっくりと車が走り出す。

七〇、道

　走って行く車

　どんどんと遠退き、空を映し出す。

　エンドロールが流れはじめる。

　　　（完）