| 第三章 身体（二） １月６日の午後、新宿に降り立った私は、バックを背負ったまま病院へと歩い ていった。巻き爪の手術のためである。しかも、両足の４ヶ所全てであるから、 普通なら術後帰れるところを、入院しなければならなかった。 初めての手術で、入院という期待とも不安とも取れる鼓動を感じながら手術室 前で待つ心境は何ともいえなかった。けれども、緊張などはなかった。簡易的な 手術であるから、それほどではないと勝手に考えていた。 手術室は思ったほどではなかった。よくドラマなどで出てくるような凛とした 感じでもなく、それといって何とも殺風景というものでもない。看護士の方が、 脈を取る。機械が脈拍と、血圧を感じているのか、感じていないのか分からない 特に冷たくもない触手で測り取っていく。 「麻酔が痛いからね、我慢してね」と言われて、少しばかり身体に力が入る。親 指の裏側から針が突き刺さっていくのが、感覚として分かる。何ともいえない感 覚に、極度の痛みは感じなかった。しかし、麻酔薬が注射器に込められた力に圧 迫されて逃げ道を捜すかのように体内へと入ってくると、自然に握り拳ができて しまう。両足分、計４ヶ所に麻酔を受けて、しばらくの時間が経過するまで力を 抜けなかった。麻酔の効きを確認してから、手術が始まった。 右、親指の外側からである。まずは、爪の側面を、取っていく。少しばかり痛 みのようなものを感じるが、まあ、ちょっとした感覚の差なのかもしれないと、 無視をするかのように、自らの足を見ていた。看護士は、そんなに見たいの？と 不思議そうな顔で問い掛けてきたが、そんな場面をなかなか見られないから、た まにはね、と私も軽く返していた。爪の側面が取れたところで、皮膚に切れ目を 入れて、爪を根元から取りにかかる。メスが出てくるといかにも手術を受けてい ると実感ができる。ブス…。メスが足にめり込んでいく。やはり違和感を感じる。 しかも、麻酔による重たい感覚ではない。明らかに「痛み」である。けれども、 何かの間違いかもしれない。少しばかり、握る手に汗がにじんでくる。 メスが入り、爪が取れたところで、根元の細胞を焼き殺す。フェノール法とか 言っていた記憶がある。棒の先につけられた溶液が、先ほどのメスで切り込みを いれた隙間から、入ってくる。 握り拳に入れられた力は更に強くなる。額から汗が出てくる。痛い…。思わず 言葉が出た。しかし、入れられたばかりの溶液つきの棒を抜くこともできずに、 それがとられるまで、しばしの我慢が必要であった。それを抜かれた時の安堵と いったら、思わずとめていた息が吐き出された感覚に近いものがあった。 もう一度、麻酔を受けてから、手術は続けられた。その後は、痛みを感じる事 なく、両足４ヶ所の手術は終わった。どのくらいの時間がかかったのかは覚えて いない。しかし、あの痛みだけは忘れないだろう。 ２００２年１月６日。これから初めて入院を経験する前の、ほんの少しの時間 であった。 |