| 第７章 プロテスト（一） ３月８日の営業はいつもよりも早く終わらせた。明日のことが気になってしか たがない。体重は５４キログラム前半であった。５５キログラムでテストを受け るつもりであったために、食事をしてから帰宅をする。いつになく多い量の食事 を取ると、便秘気味だった腹が痛みだした。自宅に帰ってからしばらくトイレに 入っていた。 ３月９日の目覚めは良かった。いつもの時間よりも２時間近く前に起床した私 は、いつものようにフィットネスクラブへと行き、サウナへと入る。温まってい ない身体のまま１２分を過ぎると、汗が滝のように流れてくる。これでもこのと ころ水分を減らしていたせいか、２００グラム落ちるのが精一杯である。まあ、 試合ではないから体重は気にしていないのであるが、一応体重計に乗ってみる。 ５４キログラム丁度。予定の体重よりも１キログラムも軽い。下手にスタミナは 落ちていないだろうから別段気にはしなかった。ただ、一本だけジュースが飲め る余裕があると思えたぐらいだったろう。 自宅に帰ると、父親が何かを言っていたが、あまり聞こえてはいなかった。 しばらくして自宅を出ようとすると、何も知らない父親は「もう仕事に行くの か？」と聞いてきたが、「そんな訳ないだろう」「どこいくんだ」「どこでも良 いだろう」と他愛もないやり取りをして自宅を出た。１２時に自宅を出れば充分 間に合うとわかっていながらも、３０分以上も早く出てしまった。 面倒な乗り換えをしたくないから、京浜東北線を使い、水道橋へと向かう。案 の定早く着いてしまい、本屋で２冊ほど本を買って読んでいた。 後楽園ホール。日本で数々の名勝負が生まれた地、ボクシングのメッカである。 今年の正月に亡くなった日本人初の世界チャンピオンである故「白井義男」氏が 後楽園球場でタイトルを取った後に、造られた（はず）日本ボクシングの聖地で ある。地方のボクサーでも、この聖地に立つことを夢見ていることも少なくはな い。その会場で、今日プロテストが開かれる。私自身３度目になるテストである。 ５階の会場へと入り込み、まだ人気のない会場を見て気持ちが高ぶってくる。 約２年前、フィットネスができなければ、一人のアルバイトのボクサーがいなけ れば、この場へはくることはなかった。人との、物との出会い。それが如何に大 切か、人を成長させるか、実感させられた気がした。 正午を少しばかり過ぎた頃、後楽園ホールのリングを前にして、私はただただ ここまでこれた事を、嬉しく思っていた。 |